Diabetes Front

DITN No.505 掲載

進化するAIと病院・糖尿病医療のこれから

―AIとIT活用による温かく質の高い医療―

ゲスト

中村 祐輔生

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長

ホスト

綿田 裕孝先生

順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学 教授

綿田●近年、AI(人工知能)やITの技術の進展により、医療現場の負担を減らし、かつ個別の患者に最適な医療を提供することがより求められています。糖尿病医療においても個別化医療の構築が急務といえます。本日は「AIホスピタルによる高度診断・治療システム*」プログラムディレクターを務められた中村祐輔先生を対談ゲストにお招きし、“いつでもどこでも誰にでも質の高い温かい医療を提供する”ことを目指す最新知見を伺いたいと思います。

日本の医療現場の現状と課題

綿田●日本の医療問題の一つに、医療費の増加があります。医療費が増える中、医療現場に還元される部分は十分とはいえず、一方、医療費の抑制が求められ、医療従事者は疲弊している状況にあると思います。こうした現状は、患者に良い医療を提供することを難しくする要因になり得ると考えますが、先生は医療現場の現状をどのようにお考えでしょうか。

中村●急速な高齢化に伴い医療費は増加し、医療費の抑制が喫緊の課題といわれていますが、高齢化が進み高齢者の割合が増えれば、医療費は必然的に増加します。糖尿病においても、高齢者糖尿病が増えています。社会構造上、医療費の抑制だけを無理やり推し進めようとしても難しいと考えます。近年、さまざまな新薬の説明、記録事項や書類処理の増加など、仕事量は増えており、臨床現場は大変な状況にあると思います。

 そこで私は、高度で先進的な医療サービスを提供するなどして医療の質を上げ、栄養や運動を考えながら病気にならないような工夫をする、あるいは病気になっても悪化や合併症を防ぐことに、より注力すべきではないかと考えます。そうした方策は、将来的に医療費の費用対効果の改善につながります。その上で、医療費の抑制を求める方が良いと思います。

AI(人工知能)ホスピタルシステムとは

綿田●臨床現場の厳しい状況についてお話しいただき、ありがとうございます。先生が提言されておられるAIホスピタルシステムに期待できることはどのようなことでしょうか。

中村●現在の医療は、高度化・複雑化・多様化し、個別化してきており、さまざまなオプションが増えていますので、できるだけ良い医療を提供しようとすると、どうしても現場の負担が増えます。そこで、医療従事者が行わなくてもよい仕事は、できる限りシフトしてAIやロボットに行わせ、医療従事者は時間と心にゆとりを持ち、患者の目を見て話ができる質の高い温かい医療を取り戻すことを理念として考えられたシステムが「AIホスピタル」です(図11)

 近年のように医療技術が進むと、専門医と高度な医療設備を整えている病院と、専門医のいない一般の医療施設との間に、医療格差が生まれます。例えば、がんは私の専門分野ですが医療格差を実感することがあります。専門医の数が少ないので、現在のところ、仕方がないわけですが、AIやITを上手く使うと、その格差を是正していくことが可能になると思います。AIやITの活用により、専門医と非専門医との情報の共有や円滑なコミュニケーションが成されれば、専門医からアドバイスをもらいやすくなると考えます。診断や治療の選択の際に、AIによるサポートも期待できるでしょう。

図1 AIホスピタルプログラムの概要

医療におけるAI、ITの活用

綿田●AIやITの活用が進めば医療がどんどん効率化されると思います。実際の医療現場でどのような活用法が考えられるのでしょうか。

中村●例えば、医師が患者に病状や治療の説明をすることがよくありますが、現在は会話もできる生成AIが研究開発されていますので、説明の際に生成AIの活用が考えられます。われわれが取り組んでいるのは、患者への説明用にさまざまな質問と回答を十分に学習させた生成AIを使い、患者と生成AIが会話できる形にすることです。それをブラッシュアップしていくことにより、例えばインフォームドコンセントや治療行為の説明に活用できるような精度の高い生成AIが開発されると思います。

綿田●医療従事者に時間と心のゆとりが生まれますね。

中村●また、救急車で搬送する時、特に重症の方の場合、あらかじめ病院と情報が共有できていれば、救える命が増えてくると思います。救急搬送時は医療従事者の手がなかなか空かないので、車内で患者情報を音声で入力し、その内容をテキスト化して搬送先の病院に送ることができれば、病院では受け入れの準備ができますので、搬送後に速やかに治療を開始することができます。私は1年間、救命救急科にいた経験がありますが、救急医療の現場で治療する間に記録を残すことは難しいですので、落ち着いた後に思い出しながらカルテを書いていました。治療しながら、音声でカルテに情報を入力できれば医療従事者の負担は減ると思います。

 さらに、外来で医師が患者と話す時に、話の内容を自動でテキスト化できれば、患者の目を見ながら、余裕を持って患者の感情の揺らぎなどをくみ取って診療することができると思います。

綿田●その他の活用の可能性についてはいかがでしょうか。

中村●画像診断は、AIの最も得意とするところです。病理診断では、病院に全ての分野をカバーできるような多くの専門医をそろえることは不可能なため、将来的には、センタライズして、まずAIがスクリーニングを行い、判断が難しいケースについては病理の専門医が診断する形にすれば業務が効率化でき、質の向上にもつながると考えます(図21)

 心電図では、AIによる診断は循環器専門医と同じレベルの精度と報告されています。内閣府のプログラム(SIP)で行ったマンモグラフィーのAI診断の評価では、現在は専門医2人で読影を行っていますが、専門医1人とAIによる読影で同じレベルの精度が得られるとの結果が出ています2)。AIは急速に学習していくので、精度が十分に高くなる時代が近いうちに来ると思います。

綿田●医師の職を奪われかねないという懸念の声も一部にはあるようですが。

中村●医療界では新しい技術が次々と開発され、それによって、診断や治療が複雑な病気の数はむしろ増加しています。例えば、今の病理の現場で、病理の専門医の数と診断しなければならない多くのプレパラートの数を考えると、限界をすでに超えているのではないでしょうか。AIによって、“働き方改革”に貢献することはあると思いますが、全ての診断においてAIが病理の専門医に優ることはそう簡単にはないと考えます。30~40年後くらいにはAIによる診断や治療選択の質が専門の医師のレベルに達する時代が来るかもしれませんが、AIがいかなるレベルに達しようと、人の心をケアするのはわれわれ医療従事者にしかできないと思います。その意味では、医師の役割も変化していくかもしれません。私は、“人間力”を高めていくような医学教育が、これからますます重要になってくると思います。同時にAIの精度を評価するシステムが必要になると考えます。

綿田●チーム医療、多科連携、病診連携、地域医療連携におけるAIやITの活用のメリットについてはどのように考えられますか。

中村●例えば糖尿病で考えると、ある地域の病院がその地域の糖尿病患者全てを診察するのは難しいため、病診連携は必須と考えます。AIやITの活用で患者の医療情報の共有を効率的に行うことができれば、個々の患者の状態を継続して把握でき、医療従事者、患者の双方にとって良い医療環境が得られると考えます。

 そのために必要なのは、インフラの整備です。教訓として、2011年の東日本大震災の際には多くの医療情報が津波で失われました。私は医療情報をクラウド上で構造化し、それを共有できる環境を作る必要があると考えます。生成AIの学習のためのデータは大きいほど良く、ビッグデータが必要です(図31)。しかし、特に医療分野では、多くは個々の病院の中にだけデータが存在しているという状況です。そうしたデータを集めて活用するためにはインフラの整備を国レベルで行わなくてはならないと考えています。

 われわれは今、大阪国際がんセンターと共に、電子カルテの情報を日々クラウド上に構造化し、データを移していくという検証を行っています。クラウド上のデータは、電子カルテの形でスマートフォンから見ることができます。例えば、災害時にクラウドにアクセスさえできれば、医療情報を得ることができ、治療を効率良く継続できます。また、例えば旅先などで、急に体調が悪くなった際など、現地の医療従事者が医療情報を得ることができ、いち早く適切な医療が提供されると思います。

綿田●電子カルテのベンダーが複数あり、電子カルテの情報の統合がなかなか難しいのが実情です。クラウド上に構造化して共有できれば、日々の診療が格段に効率的に行えると思います。

中村●電子カルテの統合を病院の負担ではなく、国レベルで一気に行うことができれば、医療の質の向上と進歩につながり、投資した以上の医療費の削減を期待できると考えます。

綿田●他には何が期待できますか。

中村●診断補助のAI、あるいは投薬ミスを防ぐAIなど、さまざまな人為的ミスを防ぐAIは、医療現場にとって重要です。例えば米国では、投薬ミスが年間約700万件あると推測されており、そのインシデントの治療に約4兆円使っているというデータがあります3)。AIを利用したモニタリングによる薬剤の誤投与などの人為的ミスに対するエラー警告システムが実用化すれば、医療の質の向上と共に医療費の削減にも大きく貢献すると考えます。

綿田●AIやITの活用には、さまざまなメリットがありますが、セキュリティーに関して懸念はあるのでしょうか。

中村●最近、いくつかの病院でランサムウェアによって病院機能が停止するという事件が起きています。医療情報をどう守るのかが重要な課題です。完璧なセキュリティーを目指すには、個々の病院だけに任せても難しい面があるので、例えば国レベルで、中央にビッグデータを構築し、高度なセキュリティーレベルでサーバーをモニタリングすることなどが必要になると思います。

綿田●医療情報の集約は、セキュリティーの面でもメリットを得られるのですね。

図2 医療現場で必要なAI機能
図3 「AIホスピタル」の構築

ゲノム情報と個別化医療

中村●実は、私自身がCGM(continuous glucose monitoring)を用いて血糖値をモニタリングした経験があり、大変興味深い発見をしました。予想外の食物で血糖値が急に上がったり、上がるだろうと思った時に血糖値が上がらなかったりしたのです。最近出た論文に、アミラーゼの遺伝子のコピー数が、人種間でかなり違うということが示されました4)。おそらく農耕生活では、デンプンを分解するためのアミラーゼ遺伝子の数が多い人が進化の過程で選ばれてきたのではないかと思います。

綿田●同じ物を食べても、人によって反応はかなり違うということですね。

中村●おそらく、アミラーゼの量が多い場合、デンプンは早く消化されるので、血糖値の上がり方が急になるのではないでしょうか。通常、食物の糖質量やカロリー、あるいはインスリンの分泌量は考慮するかと思いますが、アミラーゼ遺伝子という点は、これまであまり注目されていませんでした。血糖が急に上がりやすいか、そうでないか、さまざまな視点から検討するという考え方がこれから重要になってくると思います。

綿田●多因子集団の中で、さまざまなタイプの糖尿病が発症すると考えて、ゲノム情報に基づき糖尿病のサブタイプが8つに分かれるという論文5)が発表されました。ゲノム情報に基づいた個別化医療の実現についてはいかがでしょうか。

中村●おそらく個別化医療が最も進んでいるのはがんの分野で、すでに遺伝子異常に紐づけて診断し、分子標的治療薬を使うと良い患者、あるいは、免疫チェックポイント抗体が効きやすい患者など、新しいデータが次々と報告されています。

 糖尿病の場合、ゲノム情報に基づき、糖尿病に罹患しやすい人を見つけ出し、早い時期から予防に努めることができればと考えます。50歳を過ぎてから生活習慣に介入するのはかなり難しいと思います。できれば若い世代に対して、ポリジェニックリスクスコア(polygenic risk score:PRS)を基に、発症リスクの高さを丁寧に説明して、その人が十分に理解し納得した上で、自分自身の生活習慣を考えていくことができるようになることが重要です。

糖尿病医療におけるAI活用の課題と展望

綿田●今後、ゲノム情報、AI、デジタル機器を予防、治療にさらに活用していくと考えられますが、糖尿病医療においてはどんな将来を描けるとお考えですか。

中村●糖尿病におけるポリジェニックリスクスコアは予防という観点で大変重要です。現在のCGMよりもさらに手軽に、治療法にかかわらず使用が可能なウェアラブルデバイスによって、血糖値を24時間モニタリングできるようになると思います。そうなれば、食事や運動の血糖値への影響がすぐに分かり、机上の学習よりもその関係性がより分かると思います。糖尿病治療に大きく貢献するのではないでしょうか。また、日々の食事の画像データから、カロリーや栄養素を今よりも高い精度で、より簡単に評価できるようになると思います。このようなことが当たり前になる時代はそう遠くないと考えています。その他の領域についても、ポリジェニックリスクスコア、AI、デジタルツールなどの有効活用によって、疾患の予防、治療に大きく貢献するのではないでしょうか(図31)

綿田●遺伝子情報とさまざまな技術を組み合わせることにより、あらゆる領域で予防、治療、個別化医療が進展していくことが期待できるのですね。これまで医療の進歩は、治療薬や検査などの面が大きかったと思われますが、今後はAIやデジタルツールの進歩や活用による大きな進展も期待できると思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。


*内閣府の第2期「戦略的イノベーション創造プログラム(Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program:SIP)」プロジェクトの一つで、「いつでもどこでも誰でもが質の高い温かい医療を受けられる医療現場」をプロジェクトのゴールとして、2018年度から5年間にわたり、さまざまな研究が行われた。


参考文献

1)厚生労働省ホームページ:第16回 保健医療分野AI開発加速コンソーシアム資料, 資料1-2 AI ホスピタルシステムの構築と課題, https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29993.html

2)McKinney SM, et al. Nature 577(7788): 89-94, 2020.

3)https://www.statpearls.com/pharmacist/ce/activITy/109538

4)Poole A, et al. Cell Host and Microbe 25: 553-564, 2019.

5)Suzuki k, et al. Nature 627(8003): 347-357, 2024.