Diabetes Front
DITN No.504 掲載
膵臓がん早期発見にできること
―糖尿病新規発症例のリスクとスクリーニング―
ゲスト

正宗 淳先生
東北大学大学院医学系研究科 消化器病態学分野 教授
ホスト

渥美 義仁先生
永寿総合病院 糖尿病臨床研究センター センター長/DITN編集長
渥美●近年増えている膵臓がんは、糖尿病と相互にリスク因子となる二面性の関係にあり、われわれ糖尿病医が臨床で関わることが多いがんの一つです。本日は膵臓がんのエキスパートであり、このたび、日本糖尿病学会の協力の下、糖尿病診療施設における膵臓がんの実態調査を実施された正宗淳先生を対談ゲストにお招きし、糖尿病と膵臓がんについて最新知見を伺いたいと思います。
膵臓がんの現状
渥美●膵臓がんは予後が厳しいがんですが、増加傾向にあると聞いています。膵臓がんの現状をお話しください。
正宗●膵臓がんの2022年の年間罹患数(予測)は約4万4500人で、部位別がんの罹患数(予測)では、男女共6番目に多いがんです1)。1984年に1万人を超え、1999年に約2万人を超え、2009年には約3万人になり、右肩上がりです。2022年の年間死亡数は約3万9500人で、がんの部位別の死亡数で見ると全体で第4位、男性では第4位、女性では第3位と、女性は胃がんよりも膵臓がんで亡くなる方が多いのです。米国では、2030年までに2番目に亡くなる方が多いがんになると予想されています。日本では、主要ながんの中で、男女共に年齢調整をした上での罹患率、死亡率が共に増加しているのは膵臓がんのみです。
5年純生存率(ネット・サバイバル)*は、がん全体が66.2%であるのに対し、膵臓がんは12.7%と最も低いという厳しい状況です2)。
渥美●膵臓がんの増加の原因についてはいかがですか。
正宗●実数が増えている理由は、他のがんと同様に高齢化の影響が大きいと思います。一方、年齢調整の罹患率が増加していることから、過度の飲酒や喫煙を含めた生活習慣の欧米化、また従来は診断されなかった症例が早期に診断されるようになったことも要因と思われます。
糖尿病との関わりについて
渥美●膵臓がんのリスクについてご説明ください。
正宗●『膵癌診療ガイドライン 2022年版』3)に膵臓がんのリスクファクターとして6つのカテゴリー、①家族歴、②遺伝性、③嗜好(喫煙、飲酒)、④生活習慣病(糖尿病、肥満)、⑤膵疾患・膵画像所見、⑥その他、が記載されています。『膵癌診療ガイドライン 2022年版』から、④の糖尿病、⑤の慢性膵炎、膵管内乳頭粘液性腫瘍(粘液を作るタイプの膵臓の腫瘍)に、リスクファクターからの精査・経過観察に関するクリニカル・クエスチョン(CQ)が新設されました。そのCQに対して、「糖尿病患者の新規発症・増悪に対して、膵癌の可能性を考慮した精査を提案する(推奨の強さ:弱い、エビデンスの確実性〔強さ〕:C〔弱〕)」というステートメントが新たに加えられています。
渥美●生活習慣病については、どのようなメカニズムだと考えられますか。
正宗●糖尿病、肥満の関わりについては、インスリン抵抗性による高インスリン血症が発癌や腫瘍進展に関わる影響が想定されています。
糖尿病と膵臓がんの関係の二面性
渥美●糖尿病における膵臓がんのリスクは数字的にはいかがでしょうか。
正宗●糖尿病が膵臓がんのリスクであることは、確立された見解だと思います。全体のリスクとしては2倍弱となります4)。
渥美●糖尿病と膵臓がんの関係について、どちらが先でどちらが後ということはありますか。
正宗●膵臓がんにより、膵臓の組織が壊れていくためにインスリン産生機能が低下するのが一つの機序です。一方、長期間、糖尿病に罹患することが、膵臓がんの発生母地を作ると考えられます。つまり二面性があります。
糖尿病罹病期間と膵臓がんリスクに関するメタ解析の研究を図1に示しますが、罹病期間ごとの膵臓がんリスクが最も高いのは、1年未満の糖尿病で相対リスク(95%信頼区間)は6.69(3.80-11.78)。そして新規発症の糖尿病で最もリスクが高く、罹病期間が長くなるとそのリスクは下がっていきます。しかし、罹病期間10年以上でも1.36(1.19-1.55)と有意に高いのです。これはつまり、先述した二面性、1年未満であれば膵臓がん発症による糖尿病の発症、もう一方は長期の糖尿病罹病期間による影響での膵臓がんの発症、それぞれのリスクがあるということだと思います。

実臨床における膵臓がんの診断契機
渥美●膵臓がんの治療にはどのような点が重要でしょうか。
正宗●1981~2007年の全国調査「日本膵臓学会膵癌登録2007報告」5)において、膵臓がんの5年生存率(相対生存率)は、ステージ0(非浸潤癌、上皮内癌)が85.8%、ステージ1A(膵臓内に限局、2cm以下)が68.7%で、この時点からステージの0、1Aは、治ることも期待できるのではないかといわれていました。「膵癌取扱い規約 第7版」6)でも同様のステージ分類がされています。
われわれ消化器内科医は、ステージ1Aのうち腫瘍径1cm未満までに見つけ出せれば、おそらく現在では、5年ネット・サバイバルが8~9割は期待できると考えています。“治る膵臓がん”を見つけることが一つの鍵といえます。
渥美●具体的にはどのように見つけたら良いのでしょうか。
正宗●全国の多施設共同研究で、早期膵臓がん200例について調査したところ、見つかる契機は、検診17%、他疾患スクリーニングによるもの51.5%という結果でした7)。実際の画像所見では、そのほとんどが腫瘍自体ではなく、膵臓の真ん中を走っている主膵管の拡張から見つかることが分かりました。腫瘍が小さくても膵管の狭窄が生じると、膵液の流れが悪くなり、主膵管が太くなってきます。ただし、この主膵管の拡張は膵臓がんだけでなく、慢性膵炎など他の疾患でも見られます。
渥美●腫瘍マーカーについて教えてください。
正宗●腫瘍マーカーとして代表的なCA19-9は、『膵癌診療ガイドライン 2022年版』3)では膵癌検出感度(2cm以下)が53.2%となっており、早期診断の決定打にはなり得ないというのが定説でした。しかし、米国において、がん検診で採られた血液を保管し、膵臓がんを発症した症例について、過去の血液を調べ直して経時的に見た研究8)が行われました。膵臓がんが見つかる2年ほど前からCA19-9が上昇し始めることが分かり、再度注目されています。
膵臓がんでは切断型アポリポ蛋白A2(ApoA2:HDL構成成分)のアイソフォーム比率が変化することが明らかとなり、日本では2024年4月にこの測定が保険収載されて日常臨床で活用が始まっています。これは非常にユニークな腫瘍マーカーです。多くの腫瘍マーカーはがん細胞から産生される物質をターゲットとしますが、これは膵臓がんができたことによって、アポリポ蛋白A2アイソフォームの血液中のバランスが変化するところを評価するものです。初期では膵酵素の逸脱によりタンパク質C末端切断活性が上昇することで、進行した状況では膵組織の荒廃により膵酵素が出なくなることで、タンパク質のC末端切断が抑制されます。実際にこれが糖尿病の方々に役立つかどうかはこれから検証が必要ですが、期待しているところです。
渥美●われわれも知っておくべきことですね。糖尿病医療は連携が重要ですが、今後ますます消化器内科の先生方とも連携を図っていきたいと思います。
正宗●特に糖尿病を診られる先生方との病診連携を強化していくことが大切です。専門的な膵疾患の診療はどの医療機関でも行えるわけではありません。日本膵臓学会では、学会認定指導医制度による認定指導医および指導施設の一覧を学会ホームページで公開していますが、地域差があり、学会としても課題と考えています。
渥美●膵臓がんの検診は推奨されてはいませんが、早期発見のためにはどのようなアプローチが良いのでしょうか。
正宗●現在、DEF approachによる膵臓がんの新たなスクリーニング、つまり、ふるいにかけて絞り込んでいった症例に精密検査を行うという戦略(図2)9)が注目されています。糖尿病では、新規発症、あるいは増悪が最初のふるいになります。
次のふるいとして期待されているのがENDPAC(Enriching New-onset Diabetes for Pancreatic Cancer)スコア(図3)10)です。これは米国のメイヨークリニックで新規発症の糖尿病患者さんのデータを検討して作られた簡便なスコアです。1年前と比較して、急激な血糖値の上昇、体重減少、発症年齢が高いことが高スコアとなります。ENDPACスコアが3点以上の場合、3年間の膵臓がんリスクが約3.6%とされ、膵臓がんを念頭に置いた精査が勧められます。ENDPACスコアでふるいにかけ絞り込んだ患者さんに、効率的に画像検査を行い、膵臓がんを見つけようというコンセプトです。すでにENDPACスコアの評価ための臨床研究が米国で始まっています。簡易なスコアなので、忙しい臨床の現場でも、膵臓がんを念頭に置くべき患者さんのイメージとして認識していただけたら良いのではないかと思います。
渥美●ENDPACスコアについては、ぜひ臨床で留意しておきたい点ですね。
正宗●近い将来、電子カルテ上で1年前の血糖値カテゴリー、体重との比較、および年齢によって、アラートが出るようにできればと考えています。


糖尿病診療施設における膵臓がんの実態調査
渥美●先生が実施された856の糖尿病診療施設における膵臓がんの実態調査についてご解説をお願いします。
正宗●日本では、糖尿病の臨床において、どれほどの頻度で膵臓がんが実際に見つかっているのか、それがどういう契機で見つかったのかという研究はほとんどありません。
そこで今回、日本糖尿病学会にご協力をいただき、糖尿病診療における膵臓がんの実態調査を行いました。一次調査として、2017年1月から2021年12月の5年間に診療した年間糖尿病患者数とそのうち膵臓がんと診断された患者数についてアンケートを実施しました。292診療科より回答があり(回答率34.1%)、1診療科当たりの糖尿病患者数は1590.5人/年(中央値)で、糖尿病患者1000人当たり膵臓がん患者数は2.0人/年(中央値)という結果でした。二次調査は一次調査で膵臓がんありと回答した271診療科を対象に行い、103診療科より糖尿病患者に発症した膵臓がん2294例が集積しました。現在、論文化を進めているところです。
渥美●大変貴重な研究ですね。
正宗●最も得たいと考えていたデータは、糖尿病患者1000人当たり膵臓がん患者数2.0人/年(中央値)という数字です。これを多いと見るか少ないと見るかは、さまざまな考え方があると思います。日本における一般人口の膵臓がんの罹患率は、40歳以上では10万人当たり56人、50歳以上だと71人とされます。今回の調査の結果を、糖尿病患者さん10万人当たりに換算すると約200人で、糖尿病患者さんであることを考えると、40歳以上、50歳以上という年齢層が該当するかと思います。同年代の一般人口に比べて3~4倍に濃縮されているという今回の調査結果は、われわれの感覚に比較的マッチしたデータなのではないかと考えています。
渥美●糖尿病患者さん1000人当たり年間約2人の膵臓がんが診断されるという、この数字は、われわれ糖尿病臨床の現場感覚としての膵臓がんの頻度と合致する信頼性のあるデータかと思います。
正宗●二次調査は、発症した膵臓がん2294例について、膵臓がん診断時年齢、病期、診断契機について調査、検討しました。膵臓がん診断契機の結果をご紹介しますと、全体では、自覚症状33%、既存の糖尿病の悪化24%、画像検査で偶発的22%でしたが、ステージ0/1A(早期)ではそれぞれ14%、29%、37%となっており、早期では全体と比較して自覚症状が少なく、画像検査で偶発的が多くなっています。本調査は日常臨床の患者さんを対象としていますので、糖尿病新規発症の例は実数としては多くなく、ほとんどは糖尿病罹病期間が長く、高齢になった方に膵臓がんが見られていると考えています。
渥美●画像検査の必要性が示された結果かと思いますが、実臨床では画像検査を全例に行うことは難しいので、先ほどのENDPACスコアを採り入れて考えたら良いのでしょうか。
正宗●そう思います。新規発症に限らず、長期に診られている患者さんについても、先ほどの臨床像を思い浮かべていただければ良いかと思います。血糖コントロールの悪化に注目していただくだけでも良いかと思います。
今後の展望
渥美●今後の展望についてお聞かせください。
正宗●早期診断のマーカーの開発と、画像検査の位置づけの確立です。コストとの兼ね合いになりますが、どのような画像検査を、どのような間隔で、どのような患者さんに行うべきかを、ぜひ明らかにしていきたいと思います。
そして病診連携が重要です。糖尿病を診ておられる先生方とわれわれ消化器内科医がうまく連携を取っていきたいと考えます。そのためにも糖尿病医療に携わられている方々へ糖尿病と膵臓がんについて、さらに情報発信をしていかなくてはならないと思います。
違和感という言葉を私はよく使っていますが、先生方が長年診ている患者さんの血糖コントロールが、暴飲暴食などの明白な理由もなく悪くなったときに、「あれ? 何か普段と違う、何かがおかしい」と感じたら、「膵臓がん」を思い浮かべていただけるとよいのではないかと思います。そこでもしも判断に迷われたら、われわれ消化器内科医に遠慮なくご紹介いただきたいと思います。膵臓がんでなかったと分かれば、それは良かったですね、ということになりますので、ぜひ病診連携を進めていければと思います。
渥美●そう言っていただくと、われわれ糖尿病医も心強いです。糖尿病と膵臓がんの関係について、膵臓がんの早期発見については、今後もさまざまな知見が出てくると期待されます。われわれは知識をアップデートしつつ、膵臓がんのリスクを忘れずに診療に当たりたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。
*純生存率(net survival:ネット・サバイバル)=がんのみが死因となる場合の生存率。
参考文献
1)国立研究開発法人国立がん研究センター:がん情報サービスホームページ「がんの統計2023」,https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/statistics/2023_jp.html
2)国立研究開発法人国立がん研究センター:がん情報サービスホームページ「院内がん登録生存率集計」,https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/hosp_c/hosp_c_reg_surv/index.html
3)日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会 編. 膵癌診療ガイドライン2022年版,金原出版,2022.
4)Batabyal P, et al. Ann Surg Oncol 21(7): 2453-2462, 2014.
5)Egawa S, et al. Pancreas 41(7): 985-992, 2012.
6)日本膵臓学会 編. 膵癌取扱い規約 第7版,金原出版,2016.
7)Kanno A, et al. Pancreatology 18(1): 61-67, 2018.
8)Fahrmann JF, et al. Gastroenterology 160(4): 1373-1383.e6, 2021.
9)Mellenthin C, et al. Cancers(Basel) 14(19): 4684, 2022.
10)Sharma A, et al. Gastroenterology 155(3): 730-739.e3, 2018.