Diabetes Front
DITN No.503 掲載
糖尿病の食事療法
―意義と課題について―
ゲスト
宇都宮 一典先生
医療法人財団慈生会 野村病院常勤顧問・東京慈恵会医科大学 名誉教授
ホスト
川浪 大治先生
福岡大学医学部 内分泌・糖尿病内科学講座 教授
川浪●近年、日本人の2型糖尿病の病態は、非常に多様化しています。そうした中で、どのような食事療法を選択していくべきなのか、増加している高齢者糖尿病における食事療法はどうあるべきなのか、などについて、『糖尿病診療ガイドライン』の2016年版、2019年版において食事療法を取りまとめられた、食事療法の第一人者である宇都宮一典先生を対談ゲストにお迎えして、糖尿病の食事療法の最新知見について伺いたいと思います。
多様化する日本人の2型糖尿病
川浪●日本人の2型糖尿病は、これまでインスリン分泌低下を主体とする病態といわれてきました。しかし最近では、病態が変化してきていますが、詳しく教えてください。
宇都宮●欧米人の場合は、健常人から境界型の耐糖能障害に進行する際に、インスリンの過大分泌が見られます。一方これまでは、日本人では過大分泌は見られず、インスリンの分泌低下が徐々に生じて耐糖能障害が進行するといわれてきました。ところが近年、そう言い切れなくなっており、病態の欧米化が見られるようになってきました。
川浪●要因についてはどうですか。
宇都宮●最大の要因は肥満の増加です。「令和元年国民健康・栄養調査」1)によるとBMI 25を超える肥満の割合が、特に男性で増えています。さらに注目すべきは肥満が30代、40代の働き盛りの男性に見られる点で、この世代が今後、糖尿病予備群になり得るということです。
川浪●BMI 25を超える肥満について、なぜそのような傾向が見られるのでしょうか。
宇都宮●さまざまな因子が関わっていますが、私は、いわゆる“沖縄クライシス”に象徴される、戦後のライフスタイルの迅速な欧米化が大きく関与していると考えます。沖縄県では食生活においても、急速に欧米化が進んで動物性脂肪の摂取が増え、従来、日本人に少ないといわれた心血管疾患による死亡が増加しました。最近では、沖縄県だけではなく、全国の日本人の食卓で同様の問題が起きていると考えられます。
川浪●日本人全体の食事内容が大きく変わってきているのでしょうか。
宇都宮●約20年前から12年間の日本人の食事のパターンの変化(図1)を見ると、「野菜・魚中心」が急速に減り「動物性肉、油中心」や「パン・乳製品中心」の食事パターンが大きく増加しています。こうした食事内容の変化は、まさに沖縄クライシスに認められた現象で、これが日本人の肥満、特に内臓脂肪型肥満の要因と考えられます。
川浪●糖尿病治療において、食事療法がより一層重要になりますね。
宇都宮●そうです。近年、日本人の食習慣などの生活スタイルは多様化し、一律の基準の設定は困難になってきています。その大きな要因の一つに、現代社会が直面している経済的な格差があると考えます。例えば、社会的格差は、子供たちの食育にも大きな影響を及ぼしているのです。
川浪●非常に難しい問題が根底にあるわけですね。次に、糖尿病の合併症に関する変化について教えてください。
宇都宮●日本人の糖尿病の合併症は、従来は、糖尿病網膜症や糖尿病腎症など、細小血管症が主体でした。近年、内臓脂肪型肥満によるインスリン抵抗性を主病態とする糖尿病患者さんが増え、それに伴い動脈硬化性疾患が非常に増加しています。病態の多様化を表わしているのです。
川浪●年齢構成はどうでしょうか。
宇都宮●超高齢社会に伴う糖尿病人口の高齢化と、食育問題などに伴う小児の肥満の増加による2型糖尿病の若年化という、糖尿病の年齢構成の二極化が起こっています。
「標準」体重から「目標」体重へ
川浪●日本人の糖尿病の病態の多様化により、食事療法のアプローチは変わってきます。『糖尿病診療ガイドライン2019』では、先生が中心となって摂取エネルギーの計算方法の変更が行われましたが、背景について教えてください。
宇都宮●糖尿病の食事療法の最も大きな課題は、目標体重と、目標体重に至るためのエネルギー摂取量の設定で、それについて日本糖尿病学会でもかなり論議しました。以前は、BMI 22を標準体重とし標準体重からエネルギー摂取量を設定していましたが、糖尿病患者さんの病態が多様化し、年齢や併発症などの属性も変化する中で、一律にBMI 22を基準とするのは無理があるということが、コンセンサスとなりました。
また、エネルギー摂取量についての興味深いデータも発表されました。自由生活下におけるエネルギー摂取量を評価する最も信頼性の高い方法は、二重標識水法といわれています。この方法を用いてエネルギー摂取量を調査したデータ2)を見ると、同じ体格であれば糖尿病、非糖尿病で総エネルギー摂取量に変わりはなく、50歳代のBMI 25前後の糖尿病患者さんなら、総エネルギー摂取量としてはだいたい2500 kcal/日で、35kcal/kg/日です。これはそれまで考えられていたよりも大きい数字で、驚きました。そうしたデータを踏まえて『糖尿病診療ガイドライン2019』の食事療法に変更を加えました。
川浪●変更のポイントを教えてください。
宇都宮●標準体重を目標体重に変えました。良いという価値判断を含む「標準」を「目標」に変更して、“漸次”という意味を持たせました。個々の糖尿病患者さんによって変えるだけではなく、同じ患者さんでも状況に応じて変えていく、という考え方です。
さらに、体重当たりの身体活動レベルと病態に基づくエネルギー必要量という意味から、従来の「身体活動量」を「エネルギー係数」に変更し、「目標体重(kg)×身体活動量(kcal/kg)」によって総エネルギー摂取量(kcal/日)としています。エネルギー係数の目安を3段階で示している点は同じですが、ライフスタイルに基づいて設定し、目標体重と現体重に大きな乖離がある場合には、柔軟に対処することとしています。
65歳以上の高齢者糖尿病では、目標体重をBMI 22~25とし、柔軟性を持たせました。サルコペニアやフレイルの視点から下限の目安をBMI 22とし、一方、肥満ぎみの患者さんでは、BMI 22にこだわらず、BMI 25を上限の目安としています。
三大栄養素のバランス
川浪●三大栄養素に関して、どのように考えたらよいですか。
宇都宮●三大栄養素について、これまで『糖尿病診療ガイドライン』に摂取比率を掲載し厳格に扱っていましたが、2019年版からは摂取比率を外しています。理由は、糖尿病において、予防・管理のための望ましいエネルギー産生栄養素比率を設定する明確なエビデンスはないことです。
従って、摂取比率は、糖尿病患者さんの嗜好や生活習慣を踏まえ、柔軟に対応します。栄養素のバランスは健常人の平均摂取量を目安とします。私も策定委員を務めた「日本人の食事摂取基準(2020年版)」3)では、成人の基準として炭水化物50~65%エネルギー、タンパク質13~20%エネルギー、脂質20~30%エネルギー(飽和脂肪酸7%以下)としています。
高齢者糖尿病の食事療法
川浪●高齢者糖尿病の食事療法のポイントについて教えてください。
宇都宮●「令和元年国民健康・栄養調査」1)によると、高齢者の糖尿病が増えていることが分かります。そして、高齢者では、BMI 20を切るような「痩せ」の割合が増加しています。
「平成29年国民健康・栄養調査」4)の三大栄養素の摂取比率を見ると、高齢者ほど炭水化物の摂取比率が高くなっています。炭水化物の摂取比率が高いと肥満につながるとよくいわれますが、高齢者の場合はそうはなりません。一般に、炭水化物の摂取比率の高い人は、総エネルギー摂取量が少なく、タンパク質の摂取比率も低いことが分かっています。
つまり、食べやすい炭水化物に偏った食習慣を持つ方では、炭水化物の摂取率が高くなる反面、総エネルギーおよびタンパク質摂取量が少ないため、痩せになる可能性があります。このようなケースでは、サルコペニア、フレイルのリスクが高くなるので、その対策が必要です。
川浪●独居の増加も関係していますか。
宇都宮●高齢者を取り巻く社会、経済的な問題も深く関係しています。また、咀嚼嚥下機能についても注目すべきです。炭水化物は、咀嚼しやすく嚥下しやすい食品が多いので、咀嚼嚥下機能の低下のある場合でも比較的食べやすいのです。一方、野菜や肉は避けられがちです。
川浪●高齢者糖尿病では、咀嚼嚥下機能に問題があって食べられない、いわゆるオーラルフレイルが多いようです。
宇都宮●口腔衛生は、低栄養を防ぐために非常に重要です。高齢者糖尿病を管理する上で、歯科との連携は一つの鍵になるともいえます。
サルコペニア肥満と高齢者糖尿病
川浪●サルコペニア肥満という病態について詳しく教えてください。
宇都宮●最近、高齢者糖尿病の問題として、サルコペニア肥満が大きく注目されています。
サルコペニア肥満とは、骨格筋量の減少と体脂肪の増加を同時に有する病態です。例えば、大腿部のMRI画像(図2)を見ると、太ももの太さは変わらないのに、サルコペニア肥満では筋肉が少なく、その分脂肪が多いことが分かります。筋肉が落ちてその部分が脂肪に置換されているのです。
川浪●その成因は何と考えられますか。
宇都宮●成因については、いろいろ検討がなされています(図2)。筋肉を維持するためには、インスリンとIGF-1が必要ですが、内臓脂肪細胞から分泌されるサイトカインや炎症性物質が、筋肉におけるインスリンならびにIGF-1の作用を低下させます。これにより、筋の萎縮、筋力の低下が起こります。こうした悪循環によってサルコペニア肥満に至ることが分かってきました。
サルコペニア肥満は死亡率が高いことが明らかになっています5)。日本人の心不全を対象とした研究では、非サルコペニア/非肥満、非サルコペニア/肥満、サルコペニア/非肥満、サルコペニア肥満の生存率を比べたところ、この順に生存率が低くなり、サルコペニア肥満が最も生存率が低いという結果が出ています。サルコペニア肥満の早期の診断・介入が大変重要になります。
川浪●高齢者糖尿病でのサルコペニア肥満の管理についてはいかがですか。
宇都宮●高齢者糖尿病のサルコペニア肥満の方に対し、エネルギー制限を行うのが良いかどうかが問題になります。
2019年のサルコペニア肥満に対する生活介入のメタ解析の結果6)によれば、エネルギー制限食で体脂肪は落ちるものの、筋肉・筋力の低下は抑制できていません。一方、運動を行った群では、体脂肪率が減り、かつ筋力が維持できており、運動療法の重要性が示されています。
しかし、サルコペニア肥満では、ロコモティブシンドローム、つまり運動系の疾患を伴う場合が多く、運動療法は簡単ではありません。実効性のあるプログラムの個別化が必要です。
糖尿病関連腎臓病(diabetic kidney disease :DKD)の食事療法
川浪●DKDを合併している方は、特に高齢の方で増えてきていると思います。
宇都宮●現在、DKD・CKDの管理には2つのポイントがあります。1つ目は肥満と密接な関連があるということです。最近の研究7)で、肥満の是正が、CKDの予防・進展抑制に非常に重要だと分かってきました。
2つ目は患者の高齢化です。日本透析医学会から毎年出されるデータ8)によれば、慢性透析患者数の増加傾向は収まりつつある一方で、高齢者の透析人口は増えています。
川浪●どう対応するべきでしょうか。
宇都宮●肥満対策が重要である反面、高齢者については、サルコペニア、フレイルへの対策が必要です。米国の国民健康栄養調査(NHANES)の慢性腎臓病(CKD)の方の生存曲線を見ると、非サルコペニア/肥満、非サルコペニア/非肥満、サルコペニア/非肥満、サルコペニア/肥満の順に、生存率が低くなっています。サルコペニア肥満はCKDにおいても、大きな課題なのです9)。
川浪●DKDの食事療法について、高齢の場合ではどうでしょうか。
宇都宮●DKDの食事療法のポイントは3つあります。1つ目は目標体重(総エネルギー)の設定です。肥満の是正のみではなく、高齢の場合は、サルコペニア、フレイルの予防という視点も必要になります。年齢とステージを考慮の上で、目標体重を設定します。
2つ目は摂取タンパク質の量です。DKDでは、タンパク制限がなされますが、高齢者はサルコペニアやフレイル予防に一定以上のタンパク質摂取が必要ですので、慎重に判断します。
3つ目は良好な代謝状態の維持です。DKDにおける血糖コントロールの目標は、合併症予防ではなく、体タンパクの異化を防ぐことに加え、低血糖を起こさないことです。年齢を考慮しステージ別の血糖管理目標を設定することが必要です。ただ、どこで視点を変えるかが重要な課題です。
川浪●低タンパク食について、どのように考えたらよいでしょうか。
宇都宮●日本糖尿病学会のコンセンサスステートメント「糖尿病患者の栄養食事指導 ―エネルギー・炭水化物・タンパク質摂取量と栄養食事指導―」10)にDKDにおける低タンパク食の指針が示されています(図3)。75歳以上の方では、原則としてタンパク質摂取量は個別に設定するとしており、これにはタンパク質制限をしないという選択肢もあり得ます。低タンパク質食を実施する場合は、0.8g/kg/日を下回らないとしています。
食事療法とチーム医療
川浪●糖尿病の病態の多様化と高齢化が進む中で、これからの2型糖尿病の食事療法において、幅広い選択肢を提示するために、われわれ医療従事者には何が求められますか。
宇都宮●今後の糖尿病治療では、治療目標を設定した上で、病態、属性を踏まえた療養指導の個別化が重要な課題になります。食事療法の個別化を目指すためには、チーム医療が不可欠です。
患者さんは食習慣をはじめとする生活習慣の見直しを求められることが多いのですが、生活習慣は地域の生活文化や個々の家庭環境・社会環境から形成されていて、これを変えることは容易ではありません。そこをよく理解し、どうすればよいのか患者さんと共に考える姿勢が必要です。医療従事者一人一人の力量が問われ、真の意味でのチーム医療の推進が求められます。
川浪●本日は大変興味深いお話をいただき、誠にありがとうございました。
参考文献
1)厚生労働省:令和元年国民健康・栄養調査報告, 2020.
2)Yoshimura E, et al. J Diabetes Invest 10(2): 318-321, 2019.
3)厚生労働省:日本人の食事摂取基準(2020年版), 2019.
4)厚生労働省:平成29年国民健康・栄養調査報告, 2018.
5)Saito H, et al. BMC Geriatrics 22: 556, 2022.
6)Algera J, et al. Nutrients 11(9): 2162, 2019.
7)Chang Y, et al. Ann Intern Med 164(5): 305-312, 2016.
8)日本透析医学会ホームページ:わが国の慢性透析療法の現況, https://www.jsdt.or.jp/dialysis/2227.html
9)Androga L, et al. Kidney Int Rep 2(2): 201-211, 2017.
10)日本糖尿病学会:コンセンサスステートメント策定に関する委員会「糖尿病患者の栄養食事指導」 糖尿病 63(3): 91-109, 2020.