Diabetes Front

DITN No.502 掲載

肥満症と2型糖尿病の最新知見

―新たな薬物療法の登場と多面的アプローチの重要性―

ゲスト


下村 伊一郎先生


大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学 教授

ホスト


宮塚 健先生


北里大学医学部 内分泌代謝内科学 主任教授

宮塚●肥満症を伴う2型糖尿病症例に対しては、食事療法、運動療法に加え、薬物療法や減量・代謝改善手術を選択できる時代になりました。2024年、肥満症の新薬が約30年ぶりに登場し、注目を集めています。一方で、肥満症に関する社会的な課題も残されています。本日は、肥満症の研究・臨床において長年にわたり世界の第一線で活躍されている下村伊一郎先生を対談ゲストにお迎えし、肥満症診療の最新知見について伺います。

肥満症の現状

宮塚●まず肥満症の定義から教えてください。

下村●肥満と肥満症の違いについてですが、肥満はBMIが25以上であるという状態で、肥満症は、肥満に起因ないし関連する健康障害が合併するか、その合併が予測され、医学的に減量を必要とする疾患です1)

宮塚●肥満に関連する健康障害とは具体的にはどのような疾患を指すのでしょうか。

下村●耐糖能障害、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞・一過性脳虚血発作、非アルコール性脂肪性肝疾患、月経異常・女性不妊、閉塞性睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群、運動器疾患、肥満関連腎臓病などです。

宮塚●日本人の肥満症の特徴を教えてください。

下村●ACCORD、ADVANCEやVADTなどの欧米の大規模臨床研究において、糖尿病を発症している患者の平均BMIは28~32であり、明らかに肥満と言えます。欧米人は余ったエネルギーを皮下脂肪として溜めることができるため、外見上、横に大きくなっていくと考えられます。

 一方日本人の場合、JDCS、JDDMのデータではBMI 23~24であり、25を超えなくても糖尿病になります。この背景にあるとされるのが内臓脂肪の蓄積です。世界29カ国で実施された国際共同前向きコホート研究2)で、東アジア人は、他のエスニシティの人々に比べ、内臓脂肪が溜まりやすく皮下脂肪に溜まりにくいという民族的な素因が示されました。そこに過栄養や高脂肪食、運動不足などの要因が重なると、内臓脂肪が溜まって内臓脂肪型肥満となり、図1に示したような2つの病態の流れになると私たちは考えています。

宮塚●内臓脂肪の蓄積が動脈硬化症や臓器不全の上流にあるということですね。この流れを変えるために減量は有効でしょうか。

下村●日本人では、体重を3%以上減少させれば高血糖や脂質異常、高血圧などのリスクが改善されることが分かってきました3)

 生活習慣改善により蓄積した内臓脂肪は皮下脂肪より減りやすいという特徴も示されています。

図1 日本人に多い内臓脂肪型肥満

日本における肥満症への取り組みと課題

宮塚●日本での肥満症への取り組みについてどのような臨床研究がありますでしょうか。

下村●ACTION-IO試験4)の日本人データから肥満管理に対する認識・態度・障壁を検討しました5)。ACTION-IO試験は、肥満治療に対する障壁を国際的に検討した初めての研究で、肥満者と医療者をさまざまな国(北米、南米、ヨーロッパ、東南アジア、東アジア、韓国、日本、オーストラリア)から選び、肥満者14502人(日本人2001人)、医療者2785人(日本人302人)を対象に、オンラインでのアンケート調査などを実施したものです。

宮塚●日本人医療者の意識に何か特徴はありましたか。

下村●アンケートの調査結果として、「患者の減量は全て患者自身の責任である」と考えている医療者は全体で30%、日本人は50%。「私には患者の減量に積極的に貢献する責任がある」と考えている医療者は全体で80%、日本人は58%でした。日本人肥満者の回答では「肥満に対して医療者と過去5年間に対話あり」「肥満と診断」「診療後にフォローアップ診療の予約あり」の割合が全体より大幅に低かったのです。つまり日本では、医療者の肥満に対する意識が全体に比べて低く、実際のケアも不十分である可能性があると言えると思います。

宮塚●われわれ医療者に見直すべき点があるということですね。

下村●はい、大変興味深いことに、日本人肥満者の約6割は、「診察時に医療者に肥満について切り出してほしくない」と考えていますが、実際に診察時、体重についての対話を切り出してもらった人は「話をしてよかった」という人が多いという結果が出ています(図2)。

宮塚●肥満のある方の意識にも国内外で違いがあるのですね。学ぶことが多い結果です。

下村●医療者と肥満者はお互いにより意識して、減量への取り組みに積極的な態度をとること、例えば体重についても話題にしていくことが必要であり、医療者は、肥満者へ全人的アプローチを採用することが重要であると考えます。

図2 減量に対する対話:診察時に医療関係者と体重について、対話してよかった、または対話したいと思っている肥満者の割合

肥満症に対する減量・代謝改善手術

宮塚●減量・代謝改善手術の現状について教えてください。

下村●日本国内の肥満外科手術数は、かなり増えてきており、2022年には1000例近くまで達しています。10カ所の肥満外科治療センターでの肥満外科手術322症例に関して分析6)では、体重減少率で約30%、実際の体重減少は36kg、糖尿病の寛解(術後2年:HbA1cが6%未満、糖尿病治療薬なし)率が75.6%と、有効性の高い効果が得られています。われわれの施設でも肥満外科手術後、1年まで経過観察ができた49例について解析7)しており、術後12カ月までに21.3%の減量となっています。

 重要なこととして、初診時から術直前までにどれだけ減量できたのかということと、術後1年の超過体重減少率に関連性があることが分かりました。さらに術後1カ月から術後1年にかけて、リバウンドするかどうかを見ると、代理摂食(イライラすると食べてしまう)、空腹・満腹感覚(いつもお腹が空いてなかなか満腹にならない)という項目が、リバウンドにつながるという結果でした。

宮塚●術前減量を徹底することが重要ですね。術後の食行動にうまく介入できればリバウンドを抑制できるかもしれませんね。

肥満症に対する最新薬物療法

宮塚●2024年、約30年ぶりに肥満関連の薬剤が2つ登場しますね。

下村●肥満症の治療薬のウゴービ®皮下注は、糖尿病領域の先生方がよくご存じのセマグルチドですが、肥満症治療薬の注射剤として、2024年2月に臨床に登場予定です。次にオルリスタットは肥満の予防・改善に用いるOTCの薬剤で、2024年の春に登場すると聞いています。

 ウゴービ®皮下注の海外の治験データ8)では、2.4mg/週、68週で約15kgの体重減少です。生活習慣への介入も入っているので、プラセボ群でも-2.6kgです。これは対象が主に白人のエスニシティなのですが、最近、日本人、韓国人を中心とした東アジア人に対するウゴービ®皮下注の治験データが発表されました9)。セマグルチド2.4mg/週、68週で13.2%の体重減少という結果が得られています。対象は、主に体重90kgくらいの人で、9~11kgの減量結果が出ています。

宮塚●薬物療法でここまでの減量が達成できるのですね。実臨床で処方する上での注意点について教えてください。

下村●最適使用推進ガイドラインの対象品目であるため、同ガイドラインに記載されている、(1)施設・医師要件、(2)患者要件、(3)投与の継続・中止の判断基準を遵守の上、使用しなければなりません()。

宮塚●安全性について教えてください。

下村●最も多い副作用は悪心・嘔吐などの消化器症状で用量依存的です()。不適正使用は健康を損なうリスクがあるので、厳に慎むべきです。

宮塚●もう一つ「抗肥満薬」として登場するオルリスタットについて教えてください。

下村●小腸でリパーゼの働きを阻害して脂肪の吸収を抑制する薬剤で、要指導医薬品のため薬剤師から説明を受けて購入します。肥満症の治療薬ではありません。肥満の予防・改善に用いる内臓脂肪減少薬と言えます。

宮塚●OTCですので、外来で処方することはありませんが、今でも外来に来られる方に質問を受けることがありますので十分勉強しておく必要がありますね。

表 ウゴービ®皮下注の対象患者と安全性のポイント

肥満症の社会的要因

下村●最近、健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:SDH)10)という考え方が注目されています。健康はそれぞれの生物学的要因(遺伝的要因、性、年齢など)と社会的要因によって決定されるとするもので、これまで肥満や糖尿病そしてこれらの合併症が、生物学的要因に加えて、生活保護・低所得・教育年数・不安定雇用・長時間労働・職業階層・職業ストレスなど、さまざまな社会的要因と密接に関わることが多くの研究によって示されています。

宮塚●われわれ医療者が、社会的要因に介入するのは簡単なことではないですね。

下村●先生がおっしゃる通りで、医療者がそれぞれの患者さんが抱える社会的要因を打開する・改善することは極めて難しいと言えます。そのような社会的状況にある可能性も常に頭に入れて、単に「運動してください」「食べ過ぎないように」と言うだけでなく、もしかしたら生活も厳しくストレスも大きいのかもしれないということに思いを馳せることが大切と思います。

肥満症に対する多面的アプローチ

宮塚●肥満症のスティグマに対してどのようにお考えでしょうか。

下村●肥満学会が2022年に出したガイドライン1)では、目的は「寿命や健康寿命に加え、生活の質(Quality Of Life:QOL)が肥満症によって損なわれることを防ぐこと」として、そのためには「個人に対する医学的介入のみでは十分に達成できず、スティグマの解消なども含む社会的観点からのアプローチも重要」としています。

宮塚●普段の診療においても「医学的介入の限界」を感じることがあります。

下村●そこで肥満症の治療には、医師、看護師、栄養士、薬剤師、心理士、外科の医師ら、そして家族や周りの方々とチームを組んで行うことが大切になります。肥満、肥満症には社会的な要因もあります。肥満、肥満症の正しい知識の普及、社会的不利益の解消も考えなくてはなりません。われわれ医療者は、領域を超えた連携、つまり行政や社会への対応にも取り組んでいく必要があります。

宮塚●糖尿病診療においてもスティグマの解消は重要な課題です。疾患を問わずスティグマと向き合う姿勢が不可欠ですね。

下村●これまでの生活習慣の改善に加えて薬剤や外科的治療という選択肢も得られ、また肥満症の社会的要因についても理解されつつあります。私たち医療者は、今後一層、肥満症に悩む患者さんの治療に全人的に関わっていければと願っています。

宮塚●本日は大変貴重なお話をありがとうございました。


参考文献

1)日本肥満学会 編:肥満症診療ガイドライン2022, ライフサイエンス出版, 2022.

2)Nazare JA, et al. Am J Clin Nutr 96(4): 714-726, 2012.

3)Muramoto, et al. Obes Res Clin Pract 8(5): e466-e475, 2014.

4)Caterson ID et al. Diabetes Obes Metab 21(8): 1914-1924, 2019.

5)Iwabu M, et al. J Diabetes Investig 12(5): 845-858, 2021.

6)Saiki A, et al. Ann Gastroenterol Surg 3(6): 638-647, 2019.

7)Kimura Y, et al. Nutrients 2023, 15, 353.

8)Wilding JPH, et al. N Engl J Med 384(11): 989-1002. 2021.

9)Kadowaki T, et al. Lancet Diabetes Endocrinol 10(3): 193-206, 2022.

10)近藤克則:健康格差社会第2版, 医学書院, 2022.