Diabetes Front

DITN No.501 掲載

『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』改訂のポイント

―実臨床での生かし方―

ゲスト

稲垣 暢也先生

公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院/ガイドライン作成委員会 日本糖尿病学会代表委員

ホスト

山内 敏正先生

東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学/ガイドライン作成委員会 日本糖尿病学会委員

山内●『高齢者糖尿病診療ガイドライン2017』の6年ぶりの改訂となる『高齢者糖尿病診療ガイドライン2023』が2023年5月に発刊されました。超高齢社会のわが国において、豊かな人生100年時代をどう求めていくかが最重要課題ですので、本ガイドラインへの関心度は非常に高いのではないかと思います。本日は、ガイドライン作成委員会の日本糖尿病学会代表委員である稲垣暢也先生をゲストにお迎えし、今回の改訂のポイントや実臨床でどのように生かすのかについて伺いたいと思います。

高齢者糖尿病の傾向

山内●近年、わが国の高齢化率は上がり続けています。糖尿病のある方の数は、最新の2019年のデータで1150万人と報告されており、その中でも65歳以上の方が3分の2以上、75歳以上の方が3分の1以上という状況ですので、高齢者糖尿病の診療は極めて重要だと思います。

稲垣●お話しいただいたような社会背景から、2015年に「高齢者糖尿病の治療向上のための日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会」が設置され、2017年に『高齢者糖尿病診療ガイドライン2017』が発刊され、そのときから私も編集委員に加わっています。今回の合同委員会では、私が日本糖尿病学会の代表委員を務め、荒木厚先生が日本老年医学会の代表委員を務められ、改訂を進めました。山内先生にも委員としてご尽力いただきました。

高齢者糖尿病診療ガイドライン改訂版の作成

山内●ありがとうございます。最初に今回の改訂の背景を伺いたいと思います。

稲垣●改訂に至った理由は大きく三つあります。

 前回のガイドラインが発刊された2017年当時、高齢者糖尿病に関するエビデンスは、残念ながら少なかった。では現在、エビデンスが十分にあるかというと、必ずしもそうではないものの、この6年間に多くのエビデンスが蓄積されてきたということが一つ目です。二つ目は2017年から6年たち、糖尿病に関する新たな薬剤がいくつか登場してきたという点です。三つ目は、高齢者糖尿病におけるさまざまな併存疾患の存在や併存疾患への対策がより明確化してきたという点です。

山内●今回のガイドラインの特徴について教えてください。

稲垣●今回は前回より増員し63人で作成にあたりました。本ガイドラインの読み方を図1に示します。まずCQ(Critical Question)を設定し、それに対応するような文献を収集します。そしてPICO(P:Patients/Problem/Population、I:Interventions、C:Comparisons/Controls/Comparator、O:Outcomes)、つまり、誰を対象に、どんな介入をして、何と比較して、結果アウトカムは何かを設定して、エビデンスから抽出します。文献はさらにエビデンスレベルの階層構造によって評価します。

 そしてステートメントの内容によってエビデンスを用い、それぞれ検討してステートメントの【推奨グレード】を付けます。このグレードとエビデンスレベルは、関連性はありますが、相関性はありません。

山内●合意率が掲載されていますが、どのようなものですか。

稲垣●合意率は委員会による投票によって決定し、70%以上の合意をもって採択しています。

 最終的には評価委員、リエゾン委員の方々の審査、査読を経て、さらにパブリックコメントを両学会にて受け付け、意見を反映させつつ完成させました。

山内●内容について伺います。高齢者糖尿病はどのように定義されますか。

稲垣●第1章の最初で、高齢者糖尿病として「65歳以上の糖尿病を高齢者糖尿病と定義する」とし、「75歳以上の高齢者と、身体機能や認知機能の低下がある65~74歳の糖尿病を、治療や介護上、特に注意すべき〈高齢者糖尿病〉」とする」と続けて、定義を明確化している点に着目していただきたいと思います。

山内●今回新たに追加された章について教えてください。

稲垣●新たに加わった章は、「高齢者糖尿病の併存疾患」、「さまざまな病態における糖尿病の治療」、それから「高齢者糖尿病をサポートする制度」です。

 「高齢者糖尿病の併存疾患」では認知症、フレイル・サルコペニア、ADL低下、転倒、うつ、骨粗鬆症、悪性腫瘍、心不全、歯周病や口腔の問題、multimorbidityという10の項目を設けています。

山内●前回のガイドラインでも、認知症、ADL低下、フレイル、サルコペニアなどについて記載されてはいますが、今回新たに「併存疾患」の章が設定されページ数も大幅に増え、より充実した内容になっています。

稲垣●中でも特に重要だと考える項目の一つは「認知症」です。高齢者糖尿病、高血糖、低血糖あるいは重症低血糖が、認知症や認知機能低下の危険因子となると記載されており、エビデンスがより充実しています。ただし、血糖コントロールや糖尿病治療薬による治療が認知機能低下、認知症発症予防に有効であるかについては、まだ明らかになっていないため、【推奨グレードU】です。

 実は、この「U」は非常に重要なメッセージです。今回のガイドライン全体を通して言えることですが、「U」とされているステートメントはエビデンスが十分ではないので、これを参考に、さらなる研究にぜひ取り組んでいただけたらと思います。

山内●【推奨グレードU】の背景についても詳しく述べられているので、大変参考になります。

稲垣●さらに二つ重要な項目として、「フレイル・サルコペニア」と「multi-morbidity」が挙げられます。高齢者糖尿病の高血糖、あるいはHbA1cの低値や低血糖が、フレイルやサルコペニアの危険因子であるということが述べられています。

 Multimorbidityとは、「1人の患者において2つ以上の慢性疾患が併存し、中心となる疾患が設定し難い状態」をいいますが、『高齢者糖尿病治療ガイド2021』でmultimorbidityという言葉を初めて使い図示しています(図2)。

 わが国において、糖尿病のある方で4つ以上の疾患を併発している割合は、65歳以上の前期高齢者では44.0%、75歳以上の後期高齢者で53.5%と、非常に多くの方がmultimorbidityを抱えており、そのようなケースでは死亡のリスクが高い。そして身体的、精神的、あるいは社会的な問題を抱えていることが多く、多職種による支援が必要となります。高齢で糖尿病のある方はmultimorbidityになりやすい点は明確に記載されていますが、multi-morbidityの高齢者糖尿病に対する多職種支援についてはエビデンスがまだ十分ではなく、今後の研究が必要とされています。

山内●臨床現場では、高齢で糖尿病のある方の多くがmultimorbidityであり、重要な課題と捉えています。

稲垣●「さまざまな病態における糖尿病の治療」の章では、ステロイド治療、周術期、感染症、介護施設入所、エンドオブライフケア時について記載しています。実臨床での多くのヒントを得られる内容だと思います。

 「高齢者糖尿病をサポートする制度」の章では、これまで記載のなかった分野を意欲的に取り上げました。高齢者糖尿病の方では、要介護リスクが高くなるので、実際にどのような社会サービスを利用できるのかなどの知識が重要と考え、分かりやすく記載されています。

山内●高齢者糖尿病において、サポート制度についての知識は大変重要ですね。認知症を合併した糖尿病のある方へのサービスなど、われわれも知っておくべきことが多く記載されています。

図1 本ガイドラインの読み方
図2 併存症(群)と糖尿病、健康寿命の短縮との関係

高齢者の食事療法

稲垣●今回のガイドラインの食事療法に関する改訂内容自体は、『糖尿病診療ガイドライン2019』、『高齢者糖尿病治療ガイド2021』にはすでに記載されていますが、『高齢者糖尿病診療ガイドライン』においては初めての記載となります。

 食事療法の内容としては「BMI22を基準とした標準体重」から「総死亡率が最も低いBMIを基に年齢に応じて算出する目標体重」(表1)へ、「身体活動量」は「身体活動レベルと病態によるエネルギー係数」(表2)に変更されました。

山内●より柔軟に個別化できます。

稲垣●高齢者のサルコペニア・フレイル予防を目的とする場合には、タンパク質を十分に摂取することが重要であると記載されています。低栄養または低栄養リスクがある高齢者においては、筋量・筋力維持のためのタンパク質摂取量は1.2~1.5g/kg実体重/日が推奨されると具体的に記載されています。

山内●高齢者のタンパク質摂取量についてのエビデンスが増えてきました。

稲垣●腎症を抱えた高齢者糖尿病の方は、従来タンパク質制限をしていましたが、近年は議論の最中かと思います。本ガイドラインではCQ「タンパク質の摂取制限は顕性腎症を併発した高齢者糖尿病で腎症の進展抑制に有効か?」に対して、【ステートメント】「高齢糖尿病では、タンパク質摂取制限の腎症の進展抑制に対する効果は明らかではない」【推奨グレードU】となっており、エビデンスはまだ十分ではありません。今後はこういう点にまで踏み込んだ検討が必要であると示されているわけですから、その意味においても重要なポイントだと思います。

山内●現状では、やはり患者さんごとにさまざまな病態を考慮して最適化を考えていくことですね。

稲垣●その通りです。タンパク尿が多い患者さんに関しては、タンパク質制限はある程度有効かもしれませんが、フレイル・サルコペニアを考慮するとやはり制限し過ぎては良くないわけです。個別に状態をよく考慮することが大切だと思います。

表1 目標体重(kg)の目安
表2 身体活動レベルと病態によるエネルギー係数(kcal/kg 目標体重)

高齢者の運動療法

山内●運動療法のポイントについてお話しください。

稲垣●運動療法の章については、記載内容がかなり増加しています。これは継続してエビデンスの積み重ねがあるということ、つまり重要な項目であると同時に皆さんの関心が高いということだと思います。

山内●内容について少しご紹介いただけますか。

稲垣●運動療法の効果について、血糖コントロール・脂質異常・高血圧の改善に有効、筋力の増強・筋肉の質の改善、BMI低下・脂肪量の減少、バランス能力などの転倒関連の身体機能改善に有効などが記載されており、いずれも【推奨グレードA】となっています。

山内●運動療法は血糖コントロールだけではなく、さまざまな身体機能への効果があるということですね。

稲垣●運動療法の効果について、認知機能の改善が【推奨グレードA】、ADL、うつやQOLの改善が【推奨グレードB】です。そして近年、注目されているフレイル、プレフレイルを有する高齢者糖尿病の方に対して栄養状態を適正に保つ食事療法とレジスタンス運動によって身体機能を改善するが【推奨グレードB】となっています。運動療法が認知機能やフレイルに有効であるとしている点は重要なポイントだと思います。

山内●認知機能やうつの改善効果をはじめ運動療法の多彩な効果について、エビデンスに基づいて詳しく記載され、充実した内容になっていると思います。

高齢者の薬物療法

山内●経口血糖降下薬治療のポイントを教えてください。

稲垣●「高齢者糖尿病で経口血糖降下薬は心血管イベントを抑制するか?」というCQで、メトホルミンについては以前から、心血管イベントを抑制する可能性があることが記載されていましたが、今回、それに加えてSGLT2阻害薬が心血管イベントを抑制する可能性があることが新たに記載されています。いずれも【推奨グレードB】です。

 さらに「高齢者糖尿病で経口血糖降下薬は複合腎イベントを抑制するか?」というCQに関して、SGLT2阻害薬は複合腎イベントを抑制する可能性がある【推奨グレードB】が新たに記載されています。

山内●高齢者糖尿病の注射薬についてはいかがでしょうか。

稲垣●「高齢者糖尿病でGLP-1受容体作動薬は心血管イベントを抑制するか?」というCQのステートメントとして、GLP-1受容体作動薬は心血管イベントを抑制する【推奨グレードA】が新たに加わっています。

 さらに「高齢者糖尿病でGLP-1受容体作動薬は複合腎イベントを抑制するか?」というCQのステートメントとして、GLP-1受容体作動薬は複合腎イベントを抑制する可能性がある【推奨グレードB】も新たに記載されています。

山内●SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬について、エビデンスが集積してきています。

稲垣●高齢で糖尿病のある方に関するエビデンスが集まってきたことにより、CQを掲載することができました。

 インスリン療法についても重要な点があります。「高齢者糖尿病でインスリンを使用する場合にはどのような点に注意すべきか?」というQに「低血糖への対策を立てて、患者や介護者に対処法を説明する」「認知機能やQOLに配慮して注射回数をできるだけ少なくすることが望ましい」という【ポイント】が記載されています。

 注射回数をいかに減らして、患者の負担を軽減するかについて具体的な記載があり、基礎インスリンを長時間型にして、低血糖のリスクの少ないメトホルミン、GLP-1受容体作動薬またはSGLT2阻害薬を追加して、インスリン投与の回数を減らす方法などが紹介されています。踏み込んだ提案があることが特徴の一つだと思います。

山内●大変参考になり、新しい診療ガイドラインを日々の診療に役立てたいと思います。

稲垣●高齢者糖尿病は年齢だけでは判断できない面もあり難しいのですが、本ガイドラインをぜひ最大限に利用されて、高齢者糖尿病の診療の向上と研究の発展に役立てていただけたらうれしく思います。

山内●先生の解説を伺い、私もあらためて重要な点が整理できたと思います。本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

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