Diabetes Front

DITN No.500 掲載

糖尿病運動療法への新アプローチ

―運動の見える化と運動模倣薬の開発―

ゲスト

岩部 真人先生

日本医科大学大学院医学研究科 内分泌代謝・腎臓内科学分野

ホスト

渥美 義仁先生

永寿総合病院 糖尿病臨床研究センター/DITN編集長

渥美●2型糖尿病治療における運動療法の有用性に疑問の余地はありませんが、実施はなかなか難しく、われわれ医療者からのアプローチも十分ではないケースが多いと感じています。運動療法が進歩し、うまくいくようになれば2型糖尿病治療は大きく進展し、患者さんの血糖コントロールだけではなく、QOLにも良い影響があると思います。今回は、運動の見える化と運動模倣薬という新しい視点から運動の研究に取り組まれている岩部真人先生にお話を伺います。

全世界の死亡に対する危険因子第3位は運動不足

渥美●先生は大変精力的に運動について研究されていますが、どのような背景から問題意識をお持ちになったのですか。

岩部●先生もご存じのように、糖尿病の患者さんは運動実施率が低いことが明らかになっています。それはなぜかと考え、運動の成果が表れにくいということがあると思いました。そこで何らかの方法で運動の見える化を実現したいと考え、研究に取り組んでいます。

渥美●臨床でも患者さんの運動の実情を正確に把握することは困難です。今、運動不足は世界的な課題といわれているのではないでしょうか。

岩部●運動不足クライシスというのはますます進んでいます。世界の成人4人に1人以上が運動不足で1)、日本の成人3人に1人以上が運動不足2)、さらに世界の青少年の5人に4人が運動不足という報告があります3)。WHOの報告も衝撃的で、全世界の死亡に対する危険因子の第1位が喫煙、第2位が高血圧、それに次ぐ第3位が運動不足です4)。運動不足は、心血管イベントや一部の悪性腫瘍の発症頻度も高めるということで、運動不足が原因で毎年世界で530万人が命を落としているという試算もあります4)

見える化=数値化に向けチャレンジしている二つのこと

渥美●運動不足の要因は何ですか。

岩部●まず社会全般のオートメーション化が進んだことと、もう一つ、運動の研究がこれまであまりなされてこなかったことだと思います。

渥美●皆さん、運動が体に良いことは知っているわけですが。

岩部●運動を始める人は多くいますが、なかなか継続できません。その一因は運動の効果が短期的には表れないことだと思います。

渥美●血圧、血糖、HbA1cのように身体活動の状況を把握できるといいですね。以前から歩数計や活動量計が用いられてきましたが。

岩部●その通りです。既に多くの活動量計といえる測定機器があります。腕時計のようなリストバンド型、衣服に装着できるクリップ型などで、モデルによって機能は異なりますが、身体の揺れなどから運動の強さを測定して消費カロリーを計測したり、歩数や走行距離、心拍数や睡眠状態を測定したりするものです。

渥美●リストバンド型や腕時計型を利用している人をよく見ます。

岩部●現在の活動量計には、注意すべきことがあります。測定誤差が大きいという点5)と、立っている状態と座っている状態の識別ができないため、立位でも座位でも同じ測定値になるという点です。立っているという状態が大事で、肥満の人は痩せている人に比べ、座っている時間が1日で2.5時間長いという結果もあります6)。座っている時間をモニターしなければいけません。

渥美●先生がお使いになっているものは何かありますか。

岩部●最近ではスマートフォンに搭載されているものがあります。精度が良くなってはいますが、先日、1日3時間、屋外で自転車をこぎましたが、夜確認すると「今日はまったく運動ができていませんね」と指摘されました。

渥美●自転車の動きは感知しない。

岩部●そうなのです。自転車の運動はカウントされませんでした。

渥美●先生が取り組まれている身体活動量の計測システムについて教えてください。

岩部●私たちは身体活動の数値化、つまり見える化に向けて二つのことにチャレンジしています。まず一つは、新たな身体活動量を計測するシステムであるテキスタイル型ウェアラブルデバイスの開発です。

 もう一つは、バイオマーカーの開発です。最終的には外来でHbA1cと同じように、当たり前に計測して、運動バイオマーカーとして患者さんにお示しすることによって、運動へのモチベーションを上げてほしいと考えます。

テキスタイル型ウェアラブルデバイスの開発

渥美●テキスタイル型ウェアラブルデバイスとはどういうものですか。

岩部●私たちは東京大学大学院工学系研究科教授の染谷隆夫先生との共同研究で、モーションキャプチャーシステムe-skin MEVAを作りました。これは電子基板が組み込まれた布(電子回路布)で衣服(テキスタイル型ウェアラブルデバイス)を作って、それを着用した際に得られる情報を基に、身体活動量を評価するものです(図1)。

 従来のモーションキャプチャーは、360度カメラに囲まれた状態で動きを把握するものでした。しかし、私たちのテキスタイル型ウェアラブルデバイスはカメラ不要で、着るだけで全ての動きのモニタリングが可能ですので、そのデータから、どれだけその人が動いたかを数値化できるのです。

渥美●どのような衣服なのですか。全身を覆うようなものでしょうか。

岩部●まず、上下に分かれた衣服を作りました。しかし、着用する際の負担を考えると、長時間上下とも着るのは大変なので、現在は下半身だけのものを作製しています。下半身の動きだけでほぼ日常の身体活動を把握できることが分かったのです。当初は足首までのスパッツ型の衣服でしたが、ひざ上の情報だけで1日の身体活動量を十分推定できることが分かってきたので、臨床応用段階ではショートパンツ、男性の下着でいうとトランクスくらいの長さになると思います。そうなれば着用の負担感はなくなるのではないかと考えます。

図1

ウェアラブルデバイスの実用化に向けて

渥美●大変面白い取り組みですね。運動療法以外にもいろいろ使い道がありそうです。

岩部●現在、幸いなことに、大手のスポーツメーカーやスポーツジムからも協力のお申し出をいただいています。スポーツのシーン、例えばゴルフのスイングのチェックなどでも役立つと考えられます。

 高齢者の歩き方指導にも使えるのではないかと思います。サルコペニアがベースとなって足が上がっていない人も多く、転倒しやすい状態であっても歩き方の指導は難しい状況です。患者さんは「足が上がっていません」といわれてもピンとこないと思うのですが、そこが見える化できれば理解してもらいやすいと考えます。睡眠時無呼吸症候群の検査のように、ウェアラブルデバイスを1日お貸しして履いていただくだけで、その人の日常の足の動かし方が把握できるのではないかと考えています。

渥美●さまざまな可能性がありますね。

岩部●電子回路布で作るウェアラブルデバイスは、家で何度も洗濯できます。最終的には、洗い替えも気軽に買えるような価格、例えば数千円くらいで大手アパレルメーカーでも販売して、身近なものになるように進めています。

渥美●それは良いですね。実用化も近そうで本当に楽しみです。

運動バイオマーカーの研究開発

渥美●運動バイオマーカーの研究も進んでいるのですね。

岩部●身体活動が増加した場合に、それによって患者さんに体が変わったことを実感するというか、データとして示したいと考えて、私たちは運動バイオマーカーの開発にもチャレンジしています。最終的にはHbA1cと同じように、採血の項目にこの運動バイオマーカーを加えて患者さんにお示しすることによって、その人の運動量が分かるようにしたいと思っています。

渥美●どのような運動バイオマーカーなのですか。

岩部●運動バイオマーカーの開発に関しては、世界中の研究者がこれまでチャレンジしてきました。最初に登場したのはIL-6という炎症のマーカーです。IL-6は、運動後に血中濃度がぐんと上がってくるのですが、24時間後にはベースの段階まで低下します。つまり半減期が非常に短いということが分かり、運動バイオマーカーの臨床応用ができませんでした。

 現在、私たちは運動により運動器(筋肉・骨)から分泌され、全身の代謝調節を行う分子をロコモカインと命名し、マウスでその候補分子の同定に複数成功しました。そのうち最も先行しているのがEXPM1(Exerciseinduced protein derived form muscle1)です。これは、半減期が1週間以上であるということが分かっています。ですからバイオマーカーになり得ると考えています。イメージ的にはグリコアルブミンのように利用できたらよいと思っています。

渥美●ロコモカインEXPM1の作用機序について教えてください。

岩部●EXPM1は運動によって筋肉から分泌され、血中濃度が高くなることが明らかになりました。そして、白色脂肪組織をベージュ化して全身の基礎代謝をアップさせることが分かりました。つまり運動によって体が温まる作用機序の一部に関与しているのです。

渥美●ヒトでも同様の作用がありますか。

岩部●ヒトの血中のEXPM1が測定できるようになり、ヒトにおいても、運動量に比例して血中のEXPM1濃度が上昇することが確認できました。現在、大規模臨床研究を行っていて、臨床応用を目指しているところです。

渥美●EXPM1値は年齢、性別など、人によって違いがありますか。

岩部●EXPM1は筋肉量に比例することが分かっています。筋肉は女性より男性の方が多いので、やはり基準値も変わってくると思います。イメージとしては、絶対評価ではなく、その患者さんごとの数値の変化に注目して、どのくらい運動したかを判断することになると思います。一方、EXPM1は筋肉量に比例するということから、サルコペニアのマーカーにもなるのではないかと考え、臨床研究を行っています。

渥美●リハビリや運動療法の効果が数値で分かれば、大いに励みになりますね。

岩部●まだ時間がかかるとは思いますが、5、6年後には何らかの形で示すことができるように、日々研究を行っています。

薬物によるアプローチ:運動模倣薬開発への挑戦

渥美●運動をしたような効果を発揮する薬の研究もされていると聞いています。

岩部●運動の数値化、見える化を実現したいと思っていますが、一方、もともと重篤な心不全や腎不全、あるいは整形外科的な疾患、老年症候群などで運動ができない人もいます。そういった人が薬によって運動のメリットの一部でも享受できればよいと考え、現在、運動模倣薬の開発にもチャレンジしています。

渥美●それは大変興味深いチャレンジです。どのような研究なのですか。

岩部●体質を変える、つまり筋肉においてミトコンドリアの量を増やすということなどによって、運動しなくてもその慢性効果を補うような薬を開発したいと思っています。

渥美●それは世界初の薬剤となりますね。

岩部●ターゲットとなるのは、アディポネクチンとアディポネクチン受容体です。アディポネクチンは1996年に同定された分子です。アディポネクチンは肥満によって発現が低下して、それがメタボリックシンドローム、2型糖尿病、動脈硬化などの発症、増悪の原因につながることが国内外の多くの研究チームによって明らかになっています。2003年にはアディポネクチン受容体の一つとしてAdipoRが同定されました。

 私たちは2010年にこのアディポネクチンとAdipoRが骨格筋において、運動を行った場合と同様なシグナルを活性化することを明らかにしました(図27)

 2013年にアディポネクチン受容体活性化低分子化合物(Adiponectin Rceptor Agonist:AdipoRon)が取得され8)、AdipoRonはヒト型AdipoRマウスにおいて抗糖尿病作用を示しました9)

 現在、日本医科大学、東京大学のメンバーとともに、アディポネクチン受容体の立体構造解析に基づいたアディポネクチン受容体アゴニストの最適化を行っており、近い将来、新たな生活習慣病の分子標的薬・運動模倣薬の開発を目指しています。

渥美●運動は相当複雑な仕組みですが、その効果をアディポネクチンだけで考えてよいのでしょうか。

岩部●とても重要なポイントだと思います。やはり一番大事なのは運動で、運動の全てをアディポネクチンだけで考えようというのは無理なのです。運動の作用の一部をこのAdipoRを活性化する薬で補うことができればと考えています。

図2

健康長寿社会の実現とエクササイズゲージの確立

渥美●今後の展望をお聞かせください。

岩部●テキスタイル型ウェアラブルデバイスを用いたライフロギングシステムと運動バイオマーカーのロコモカインの測定によって、エクササイズゲージを確立したいと思います(図3)。エクササイズゲージとは、分かりやすい運動指標を表す新たな造語です。そして、それによって健康維持のためのセルフマネジメントを可能とし、運動によるメリットを享受し、健康長寿社会が実現するように努力したいと思っています。

 また運動ができない人には、運動模倣薬によって運動効果を得て、健康長寿に近づいてほしいと考えています。

 運動の効果は大変重要ですが、その研究は本当にまだまだ進んでいないと思いますので、ぜひ多くの若い先生方にも研究をしてもらいたいと考えています。

渥美●先生には、今後もこの大きな可能性のある運動分野の研究を、先頭に立って切り開いていただけると期待しております。今日は本当に素晴らしいお話を伺うことができました。先生の果敢にチャレンジする姿がより若い世代の読者に伝わって後に続く人が増えると確信いたします。ありがとうございました。

図3 

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参考文献

1)Guthold R, et al. Lancet Glob Health 6(10): e1077-1086, 2018.

2)厚生労働省「平成30年国民健康・栄養調査報告」

3)Guthold R, et al. Lancet Child Adolesc Health 4(1): 23-35, 2020.

4)WHO, Global Recommendations on Physical Activity for Health, 2010.

5)Murakami H, et al. JAMA Intern Med 176(9): 1409-1410, 2016.

6)Levine JA, et al. Science 307(5709): 584-586, 2005.

7)Iwabu M, et al. Nature 464(7293): 1313-1319, 2010. 

8)Okada-Iwabu M, et al. Nature 503(7477): 493-499, 2013.

9)Iwabu M, et al. Commun Biol 4(1): 45, 2021.