Diabetes Front

DITN No.499 掲載

摂食調節―糖尿病と食欲の基本―

ゲスト

中里 雅光先生

宮崎大学医学部 生体制御医学研究講座/大阪大学蛋白質研究所

ホスト

中神 朋子先生

東京女子医科大学大学院 医学研究科 糖尿病・代謝内科学分野

中神 糖尿病治療の中で食事療法は根本ですが、その遵守は容易でなく大きな課題です。その課題解決には、科学的かつ根源的な視点から摂食調節へより深い理解が求められます。今回は、摂食調節の基本的なメカニズム、さらに肥満および糖尿病との関連、最近の肥満症薬物治療などについて、ご専門の中里雅光先生をお招きし、お話を伺いたいと思います。

恒常的摂食と快楽的摂食

中神●まず摂食調節について教えてください。

中里●摂食には恒常的摂食と快楽的摂食があります(図1)。恒常的摂食は、内分泌系や自律神経系が関与しており、これは末梢臓器において、エネルギーの代謝や蓄積状態、消化管ペプチド、レプチンなどのシグナルによって、主に脳の視床下部でエネルギーのプラスとマイナスを調節しています。これは生物学的に重要です。

 快楽的摂食は報酬、喜びであったり、ストレスの解消などに由来するものです。例えば食べ放題だと、元を取らないといけないなど、いろいろなことが摂食の動機付けとなります。これには主にドパミンとかエンドルフィン、カンナビノイドなどが関与していて、脳においては、大脳辺縁系といわれている場所です。

 私たちが患者さんに食事療法について尋ねると、適正な体重を保つのに大事なことは、皆さん、理解されています。けれども、しばしば快楽的な摂食といわれるメカニズムによって食べ過ぎてしまうという問題が起こっています。

中神●摂食は、われわれが進化していく過程で重要なことだったと思いますが、快楽的摂食が発達してきた引き金みたいなものはあるのでしょうか。

中里●農業革命、産業革命を経て、ヒトはより多くの種類の、よりおいしい、よりたくさんの食べ物を手に入れることができるようになってきました。そういった社会的進歩がビジネスに直結し、企業はより多く消費してもらおうと、メディアを通してヒトの食行動を刺激するようになってきました。

中神●現代では、時としておなかはすいていないのに、快楽的に食べてしまうということですね。

中里●生活の変化、例えば深夜まで活動するようになったこと、あるいはコンビニエンスストアに代表されるように、安価で簡単に食べられるものを容易に手に入れることが可能になったことが、快楽的摂食を増長させたと考えられます。

図1 恒常的摂食と快楽的摂食

摂食亢進物質と摂食抑制物質

中神●摂食亢進物質、摂食抑制物質について教えてください。

中里●消化管では胃体部から大腸に至るまで、多数の摂食調節物質が作られており、その情報は血液を介して直接、また消化器の感覚情報を伝える迷走神経求心路を介して、脳に伝達されます(図2)。Gutペプチドのうち、グレリンは癌カヘキシアに対する摂食亢進効果があり、GLP-1、グルカゴン、GIPは摂食抑制や肥満症治療に効果があり、これらは5Gsとして注目されています。

中神●食欲増進、あるいは抑制に対して薬剤によるアプローチができるようになりつつあるのですね。

中里●高齢社会においては、フレイルの抑制などの点から、食欲増進作用も今後ますます大事になってくるだろうと思います。 

中神●摂食に関わる物質やメカニズムは、人種による差はあるのでしょうか。

中里●先ほど申し上げたグレリンやGLP-1などは炭水化物に対する反応性が高い。一方GIPなどは脂肪に対する反応性が高い。一般的にアジアの場合は炭水化物の摂取割合が高く、欧米は脂質が高いので、そういう意味でアジアと欧米では摂食調節に関与する物質の度合いは違うと思います。

図2 末梢で産生される摂食・代謝調節物質

摂食調節と肥満症

中神●肥満と摂食調節機構との関連性についてお話しいただけますか。

中里●肥満は「脂肪が蓄積して太っている状態」を指す言葉で、病気を意味するものではありません。一方、肥満症は肥満に伴って合併症がある、または合併症になるリスクが高いため、治療の必要があります。具体的にはBMIが25以上かつ、肥満による11種の健康障害(合併症)が1つ以上あるか、健康障害を起こしやすい内臓脂肪蓄積がある場合に肥満症と診断されます。さらにBMIが35以上になると高度肥満症と診断されます。

中神●肥満は、摂食調節の不具合によるのでしょうか。

中里●肥満については摂食調節物質のセットポイントの問題があります。今まで、過食は個人の習慣や性格の問題だと考えられていましたが、いろいろなことが分かってきて、実は50~60%は遺伝子に由来することが明らかになってきました。レプチン受容体の異常やメラノコルチン系などの異常の関与も分かっています。

 脂肪の蓄積については、インスリンの過剰とコルチゾールの過剰、この2つは大きな問題点だろうと思います。先生が研究されている2型糖尿病の肥満の問題においても、高インスリン血症自体が肥満をもたらす、肥満がまた高インスリン血症をもたらすという悪循環がありますね。

 また、ストレスがかかるときにコルチゾールが増えてくる。それで唾液を使ったストレスの判定が行われていますが、コルチゾール増加は脂肪の合成系につながっています。こういうエネルギー同化ホルモンは肥満の病態に関わっているのです。

運動でストレス解消を

中神●摂食調節についていろいろ分かってきたことがありますが、臨床で肥満を改善するためにはどうすればよいのでしょうか。

中里●基本は生活習慣の改善、つまり食生活を変えること、運動習慣を身につけることなどが主体になります。

中神●それで効果を出すのが難しい人もいます。

中里●今までの運動療法の考え方は、運動をすることによる消費カロリーにフォーカスしており、運動療法の継続は難しかったのです。しかし、運動による楽しさや、幸福感を重視した指導を考えていけば、運動によってストレスを減らしてコルチゾールを下げることも可能ではないかと思いますし、さらに運動でインスリン感受性を上げることが、インスリン分泌抑制にもつながります。

中神●ストレスを解消するような個別化した運動療法が望まれるわけですね。

中里●HbA1cや肥満が改善することも大事ですが、患者さん自身にとって、治療をすることで健康感が回復したとか、QOLが上がったとか、仕事に前向きに取り組めるようになったなどのよい影響について評価する客観的なスケールが増えてきており、これからはそういう視点が治療の上で重要性を増してくるのではないかと思います。

中神●なるほど。さまざまな数字の改善のみではなく、運動が患者さんの幸せに寄与するようなアプローチができたらいいですね。

血糖コントロール改善で正常な満腹感を

中神●摂食調節の機構は、糖尿病の発症前と後で、変化していくものなのでしょうか。

中里●インスリンは、脳では基本的には摂食を抑え、副交感神経を介して肝糖産生も抑えるシグナルを出しています。しかし、インスリン抵抗性という状態が脳でも起きてくると、当然そのような作用が減弱します。また、糖尿病が進んでくると、末梢から脳に満腹を伝えるシグナルの感受性が下がり、満腹感を感じにくくなることが分かっています。

中神●それは血糖コントロールの改善によって解決してくるものなのでしょうか。

中里●ある程度の期間であれば改善すると思います。例えば現在MRIで視床下部の摂食調節系の部位に炎症が起こっているのが分かりますが、ある時期までは血糖コントロールの改善によって、そのような炎症も抑制されます。

摂食調節の薬物治療

中神●薬物治療の現状について教えてください。

中里●30年ぶりに新登場となる抗肥満薬として2023年3月にセマグルチドが承認されました(図3)。

中神●セマグルチドはすでに糖尿病薬として使われていますね。

中里●今回は肥満症の別の薬剤として承認されていて、週に1回の注射剤ですが、2.4mg/週までの用量を用いることができます。

 また糖尿病薬で体重減少作用が認められた持続性GIP/GLP-1受容体作動薬のチルゼパチドが2023年4月に登場しました1)図3)。これは初のGIPとGLP-1の両方の受容体へ作用する糖尿病治療薬です。

中神●これは血糖コントロール改善とともに摂食調節にもGIPとGLP-1へのダブルの作用が期待できますね。

中里●GIPは生理学的濃度では脂肪細胞に脂肪を蓄積する作用があり、体重の増加作用が懸念されてきていましたが、薬理学的濃度では、脳において食欲を抑制する作用があることが分かっています。つまり、薬理学的な量で投与すると、摂食と体重を抑える働きがあるということです。

中神●大変興味深い糖尿病薬だと思います。

中里●食事・運動療法で減量に成功しても、リバウンドの問題があります。リバウンドが起こるのは患者さんの意志の問題ではなくて、生物学的な問題、つまり元々のセットポイントの異常です。これくらい食べ物が必要であるというセットポイントの異常ですから、そこへ戻ってしまうのはある意味当然なのだと思います。

中神●それを変えてあげることはできないのでしょうか。

中里●それが期待できるのが、セマグルチドやチルゼパチド、あるいは今後登場してくるさまざまな薬剤なのではないかと思います。もちろん薬剤のみではなく、食事・運動療法とともにうまく用いることで、大きな効果があるのではないかと期待しています。

中神●GLP-1受容体作動薬を使って最初のうちは体重が減少していくけれど、ある程度過ぎると体重が徐々に元に戻ってきてしまうという経験をしました。

中里●やはりβ細胞にしろ、神経細胞にしろ、加齢とともに基本的には数が減っていき再生しません。そのような加齢に伴う現象を抑えるために薬の力が必要になって、場合によっては徐々に薬を増やす必要が出てくるのです。ケースにもよりますが、これは誰が悪いわけでもない加齢現象というべきものなのではないでしょうか。

図3 コアゴニストによる糖尿病肥満症の改善効果

高度肥満の問題

中里●肥満といっても、当然その程度によって状況は違います。おそらくBMI 30くらいまでが代謝的には正常な肥満、30を超えてくると明らかに代謝異常が起こってきて、35を超えると代謝異常にプラスして無呼吸や関節の問題が生じて、さらに精神的な問題を抱えている傾向があります。

中神●高度肥満の人は自己肯定感が低い人が多い印象です。治療の継続のためにも、精神的な問題の改善を図りたいところです。

中里●そうですね。患者さんとよく相談して、場合によっては精神科や心療内科に紹介する必要があると思います。その場合、本人が納得することが重要です。なお、精神科や心療内科への紹介について、2022年度診療報酬改定で、こころの連携指導料(Ⅰ)が新設されました。

中神●肥満症の治療に先ほどお話しいただいたGLP-1受容体作動薬のセマグルチドが使えるようになることで、患者さんの治療継続につながっていくと思います。食事・運動療法のみでは治療の継続が難しいことが多いのですが、プラスして薬物治療が可能になると効果も出やすくなりますし、薬が受診の動機付けにもなることが期待できると思います。

中里●肥満症は病気ではないという認識の人も多く、なかなか医療機関にアクセスしないという問題もあります。しかし実際に薬物による治療法があることによって、われわれもアピールしやすくなります。もちろん必要に応じて肥満手術の方をコンサルすることはあると思いますが、セマグルチドを2.4mg/週まで使うことができるので、その効果に期待していますし、今後も肥満症薬として新しい薬剤が登場してくると思います。

摂食調節関連の薬剤

中神●どのような薬剤が開発中なのでしょうか。

中里図3に示すように膵β細胞で産生されるアミリンを含め、グルカゴン、GLP-1、GIPの4種類のペプチドを配合、あるいはそれぞれのアミノ酸配列を組み合わせたハイブリッドペプチドが、コアゴニストとして糖尿病や肥満症の治療に臨床開発が進められています。

中神●作用も多彩ですね。

中里●グルカゴンは確かに肝糖産生を増やして血糖値を上げます。それはあくまでも低血糖のときの作用で、グルカゴンの基本は肝臓におけるタンパク質、つまりアミノ酸の代謝、あるいはケトンの産生です。脳においては摂食抑制の働きをします。ハイブリッド製剤のチルゼパチドの成功で分かったことは、ターゲットのペプチドの比率によってその問題点をキャンセルできることです。つまりGIPの問題点があってもGLP-1で補うことによって、問題をキャンセルできます。同様のことがこのグルカゴンとGLP-1を活性化するハイブリッド製剤でも考えられると思います。

中神●グルカゴンは低血糖の対応に用いてきましたので、脳における摂食抑制作用などについてはよく勉強していないと混乱しますね。肥満の研究や治療はさらなる進歩が期待できますので、われわれはよく理解をしていかないといけませんね。肥満と糖尿病の両方の改善を図る場面は多いですし、セマグルチドなどのインクレチン関連薬は多彩な作用があるので、常に情報を収集して、患者さんにベストな治療を考えていきたいと思います。

中里●糖尿病と肥満は関連が深く、肥満の改善はさまざまな代謝の改善にもつながるだけでなく、メンタル面でもよい影響があると思いますので、患者さんのQOLにとって大切です。われわれは全力で適切にサポートしていかなくてはなりません。

中神●その通りですね。本日は摂食調節や肥満について、多方面から、大変有益なお話をいただきました。ありがとうございました。

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*耐糖能障害、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞、脂肪肝、月経異常・女性不妊、睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群、運動器疾患、肥満関連腎臓病

参考文献

1)Heise T, et al. Diabetes Care 46(5): 998-1004, 2023.