Diabetes Front

DITN No.497 掲載

2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム

―わが国での糖尿病診療のさらなる向上への期待と展望―

ゲスト

山内 敏正先生

東京大学大学院医学系研究科

代謝・栄養病態学/DITN編集委員

*日本糖尿病学会 コンセンサスステートメント策定に関する委員会 委員長

ホスト

渥美 義仁先生

永寿総合病院 糖尿病臨床研究センター/

DITN編集長

日本糖尿病学会(以下、糖尿病学会)は2020年に「コンセンサスステートメント策定に関する委員会(以下、策定に関する委員会)」を設置し、同年に第一報となる「糖尿病患者の栄養食事指導」を、第二報として2022年9月に2型糖尿病治療アルゴリズムをテーマとするコンセンサスステートメントを発表した1)。今回は第二報について、本紙編集長の渥美義仁先生が、策定に関する委員会委員長を務める本紙編集委員の山内敏正先生と対談し、策定の背景やポイント、今後の展望を伺った。

アルゴリズムの特徴と最重要視した策定コンセプトとは

渥美●今回の「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム」はコンセンサスステートメント第二報となりますが、策定の経緯をお聞かせください。

山内●欧米からは毎年のように治療アルゴリズムという形でのコンセンサスステートメントが出されています。しかし、欧米とアジアでは糖尿病患者の肥満の程度を含め、その病態が大きく異なること、アジアにおける糖尿病人口が世界の3分の1を占めることから、アジアの一員である日本から治療アルゴリズムをコンセンサスステートメントの形で出すことは重要な意義があると考えられます。また、厚生労働省が公開しているナショナルデータベースから、処方の実態が非常に詳細につかめるようになったことが一つのきっかけになりました。

渥美●2型糖尿病の処方の実態を教えてください。

山内●調査の結果2)、日本人で2型糖尿病の初回処方が最も多かったのはDPP-4阻害薬で、次がビグアナイド薬、SGLT2阻害薬でした。処方に大きな影響を与えたのは年齢で、年齢が上がるにつれてビグアナイド薬、SGLT2阻害薬の処方の割合は減少し、DPP-4阻害薬が選択される傾向が認められました。

 これは糖尿病学会によるメトホルミン、SGLT2阻害薬の高齢者への使用に対する注意喚起のリコメンデーション3、4)が浸透している結果と考えられ、非常に良かった点といえます。

渥美●一方、望ましい形ではない部分もあったとのことですが。

山内●糖尿病学会の非認定教育施設の38.2%では、ビグアナイド薬投与が1例も含まれず、全ての患者にDPP-4阻害薬を用いている施設もありました。これは、病態に基づく処方ができていない可能性が考えられるため、糖尿病の非専門の先生にも使いやすい2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズムを策定する必要があるとの結論に至りました。

渥美●どのような方針で策定されたのでしょうか。

山内●まず日本と欧米で糖尿病治療の戦略が異なる点について考えました。欧米が策定したアルゴリズムでは、初回の処方薬はビグアナイド薬が推奨されてきました。2021年度版ではそれに加え、併存症として心血管疾患、心不全、腎機能障害がある場合は、それらに有効性を示す薬剤の推奨を優先して示しています。

 一方、日本においては、熊本スタディ、J-DOIT3などの大規模臨床試験の結果を踏まえ、これまで一貫して血糖マネジメントおよび血糖をはじめとした多因子介入が、合併症抑制に重要であると実証されてきており、全てのクラスの薬剤から初回治療薬を選択できる点が特徴です。

 今回のアルゴリズム策定のコンセプトとして、糖尿病の病態に応じて治療薬を選択することを最重要視し、エビデンスと日本における処方実態を勘案しています。

簡便な臨床指標となる肥満の有無

渥美●アルゴリズム()を見ると、まずインスリンの適応を見て、次に目標HbA1c値を決定、そしてStep1「病態に応じた薬剤選択」では、肥満か非肥満かで分けています。

山内●欧米人においてはインスリン抵抗性を主体とした肥満例が多いのですが、日本人では肥満と非肥満はおおよそ半々であることが分かっています。2型糖尿病の病態であるインスリン分泌不全とインスリン抵抗性の程度が簡単に分かればよいのですが、患者全員に評価を行うことは現実的ではありません。そこで簡便に病態を分けられる臨床指標として、肥満の有無を見ることとしました。

 BMIとインスリン抵抗性には正の相関がありますので、BMI 25kg/m2で肥満または非肥満に分け、BMI 25kg/m2以上の肥満例ではインスリン抵抗性が高いと考えて薬剤の選択をします。

 ただし、日本人では非肥満でも内臓脂肪蓄積によるインスリン抵抗性を認めることがあります。ウエスト周囲長が男性85cm以上、女性90cm以上なら内臓脂肪蓄積が疑われますので、BMIに加えて測定するとインスリン抵抗性をより正確に評価できます。

渥美●BMIとウエスト周囲値なら簡単に分かりますね。薬剤選択について教えてください。

山内●肥満例においてはインスリン分泌の非促進系であるビグアナイド薬やSGLT2阻害薬、チアゾリジン薬を推奨しています。さらにインスリン分泌の促進系薬剤の体重減少効果が期待できるGLP-1受容体作動薬やインスリン抵抗性の改善作用を併せ持つイメグリミンも良い適用であると考えています。

 一方、非肥満の2型糖尿病の多くの人はインスリン分泌の低下が病態の中心と考えられますので、インスリン分泌促進系の薬剤を中心に選択をすることになります。DPP-4阻害薬は日本で2型糖尿病の初回処方として最も多く選択されていて、特に高齢の糖尿病患者への処方割合が極めて高いのです2)。これはDPP-4阻害薬が高齢者において安全性が高いであろうという期待を示唆していると考えられます。また食後高血糖がある人にはα-グルコシダーゼ阻害薬やグリニド薬も選択肢となります。

渥美●薬剤に順番をつけるのは大変だったと思います。肥満例などでは、糖尿病の専門医はGLP-1受容体作動薬をよく使う傾向にあり、もっと前の順番が良いとする意見があるかもしれません。

山内●推奨する薬剤の並び順は、非専門の先生も含めた処方実態を勘案しました。

渥美●最終的には状況に応じて判断しますが、まず順番が示されているということは、大いに役立ちますね。

山内●非専門の先生からすると薬剤の種類が多く、選択に迷うこともあるかと思います。できるだけ分かりやすい形を目指しました。

渥美●DPP-4阻害薬については、日本での使用頻度が高く、アジア人は欧米人に比べて効果が高いといわれています5、6)。肥満例では4番目の薬剤としたことは、病態に合ったより良い薬剤選択の上で重要なことだと思います。

図1 2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(参考文献1)p.423)

SU薬の服用と低血糖リスク

渥美「Step2 安全性への配慮」のポイントについてお聞かせください。

山内●糖尿病の治療薬に求められる最重要事項は、安全に血糖を下げることです。そこで薬剤の血糖降下作用の強さ、低血糖のリスク、各臓器障害があった場合の注意点を表にまとめました。表の赤に該当する場合は投与を避けるとしています。さらに、特に注意が必要な例、例えば低血糖リスクの高い高齢者へのスルホニルウレア(SU)薬、グリニド薬の投与を避けることなどはアルゴリズム()の中にも記載しています。

渥美●血糖非依存性のインスリン分泌促進薬であるSU薬は低血糖リスクがありますね。

山内●渥美先生にもご尽力いただいた糖尿病治療に関連した重症低血糖の調査委員会の報告7)では、重症低血糖で搬送された2型糖尿病の方のSU薬の服用率は約33%、非インスリン使用者に限ると約85%に上ります。これを念頭に置いた上でメリットとのバランスを考えなくてはならないと思います。

GLP-1受容体作動薬とSGLT2阻害薬の併存症への有用性

渥美Step3「Additional benefitsを考慮するべき併存疾患」は血糖降下作用以外の作用に注目した項目ですね。

山内●SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬の心血管疾患や心不全、慢性腎臓病(特に顕性腎症)に対する効果について、海外を中心に多数の大規模な臨床試験で有用性が示されていますので、これらの併存症に対する有用性は妥当であると考えられ、Additional benefitsを考慮するべき疾患として取り上げています。

渥美●SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬については、循環器専門の先生や腎臓専門の先生も、糖尿病の有無にかかわらず大変注目しており、われわれも理解しておくべき点の一つだと考えます。SGLT2阻害薬で一時的に腎機能が低下するケースがありますから注意が必要ですね。検査でチェックする項目など、ポイントを押さえることも大事だと思います。日本でのエビデンスは少ないので、メカニズムのさらなる解明も待たれます。

Step4「考慮すべき患者背景」とStep1への立ち返りについて

渥美●考慮すべき患者背景についてはどのような議論がありましたか。

山内●薬剤ごとに、その作用だけではなく、コスト、服薬継続率など全て異なりますので、のようにまとめました。服薬継続率は血糖コントロールに影響するのみならず、心血管疾患や死亡や入院のリスクとも関連するので、糖尿病治療において重要です。また医療費は各糖尿病治療薬の薬価に加え、他の医療費も含めた総医療費を基に、患者負担を考慮する必要があります。

渥美●アルゴリズムの最後に、目標HbA1c値の達成に至らなかった場合、食事療法や生活習慣の改善を促すことに加え、Step1に立ち返って薬剤の追加などを検討することが強調されています。立ち返るルートを示したことは、大変良いと思います。

山内●薬物療法開始後、およそ3カ月ごとに治療法の評価と修正を検討することとしました。不適切な血糖コントロールの一部は薬物療法の開始や強化の遅れのためといわれています8)

表 安全な血糖管理達成のための糖尿病治療薬の血糖降下作用・低血糖リスク・禁忌・服薬継続率・コストのまとめ

2型糖尿病治療の今後の展望とは

渥美●今後の展望を教えてください。

山内●このアルゴリズムを周知徹底させるためにも、今後、糖尿病学会の「糖尿病治療ガイド」、「高齢者糖尿病治療ガイド」、「糖尿病治療のエッセンス」にも加えていきたいと思います。

渥美●どんどん更新していく形になりますか。

山内●糖尿病学会ホームページの会員専用ページに投稿できますので、ご意見も伺いながら、エビデンスが蓄積しつつある脂肪肝や非アルコール性脂肪肝炎(NASH)についても検討していきたいと考えています。

渥美●SGLT2阻害薬の作用ということですね。Additional benefitsにNASHは入ってくるのではないでしょうか。

山内●そのように期待しています。また今後、減量効果が明らかな薬剤の開発も進んでくるでしょう。

渥美●楽しみですね。2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズムは臨床の場で有効活用され、進化を続けながらより良い糖尿病医療に貢献していくことと思います。ありがとうございました。


参考文献

日本糖尿病学会:コンセンサスステートメント策定に関する委員会「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム」, 糖尿病 65(8): 419-434, 2022.

2)Bouchi R, et al. J Diabetes Investig 13(2): 280-291, 2022.

3)The Committee on the Proper Use of SGLT2 Inhibitors, Diabetol Int 11(1): 1-5, 2020. 

4)ビグアナイド薬の適正使用に関する委員会「メトホルミンの適正使用に関するRecommendation」, https://www.nittokyo.or.jp/uploads/files/recommendation_metformin_200318.pdf

5)Kim YG, et al. Diabetologia 56(4): 696-708, 2013.

6)Seino Y, et al. J Diabetes Investig 7(Suppl 1): 102-109, 2016.

7)日本糖尿病学会―糖尿病治療に関連した重症低血糖の調査委員会, 糖尿病 60(12): 826-842, 2017.

8)Phillips LS, et al. Ann Intern Med 135(9): 825-834, 2001.