Diabetes Front

DITN No.494 掲載

日本糖尿病学会の目指す方向

1000万とおりの個別化医療から糖尿病の克服へ

ゲスト

植木 浩二郎先生

国立国際医療研究センター研究所糖尿病研究センター/日本糖尿病学会 理事長

ホスト

渥美 義仁先生

永寿総合病院 糖尿病臨床研究センター/DITN編集長

渥美●創刊45周年を迎えるDITNは、今号から発行形態が変わり、新たなスタートを切りました。今後も、糖尿病診療に携わる専門医や医療スタッフなど多くの方々にご協力いただき、一歩踏み込んだ糖尿病医療情報を分かりやすくお伝えしていきます。そこで本日は、日本糖尿病学会理事長を務める植木浩二郎先生をゲストにお招きしました。幅広い基礎研究をバックグラウンドにしながら、当学会の事業全般をリードされておられる植木先生より、「日本糖尿病学会が目指す方向」についてお話しいただきます。

本当は何なのか糖尿病の真の姿を問い直す

渥美●糖尿病医療において、2021年はインスリン発見から100年という大変エポックメーキングな年でした。2020年以来、世界中がコロナ禍にあり、日本糖尿病学会としてもまた歴史的にも舵取りが非常に重要となる2020年7月に、植木先生は当学会の理事長に就任されました。まずはインスリン発見100周年事業について教えてください。

植木●日本糖尿病学会では、2020年の年次学術集会からインスリン発見100周年を念頭に置き、さまざまなシンポジウムなどを企画してきました。さらに2021年の世界糖尿病デーである11月14日には、インスリン発見100周年記念シンポジウムを開催しました(表1)。シンポジウムでは大変有益で活発な議論が展開され、私たちは新たな気持ちで糖尿病、ならびに合併症・併存症を制圧することを誓い、参加者からのアンケートによる意見を考慮しつつ、当学会としてのステートメントを作成しました(表2)。

表1 インスリン発見100周年記念シンポジウム
表2 「今、あらためて糖尿病を問い直す」ステートメント

渥美●「今、あらためて糖尿病を問い直す」というステートメントのタイトルに込めた思いをお聞かせください。

植木●インスリン発見100周年は、糖尿病という病気が本当は何なのか、真の姿を問い直すよい機会ではないかと考えました。私たちには解決しなければならない課題がいくつもあります。例えば、そもそも診断にしても、空腹時血糖値126mg/dLやHbA1c 6.5%は、それ以上になると網膜症の罹患率が明らかに高くなるという判定基準です。しかし、糖尿病の血管合併症は高血糖に長期間さらされていると発症するので、その基準で有病率が一定程度増えるということは、一部の糖尿病患者を見逃していることにはならないでしょうか。いま一度、糖尿病の定義を考え直さないといけないのかもしれません。

 昨今、インスリンが悪者扱いされる傾向があって、インスリンが足りなくても極端な糖質制限によって血糖値を正常に保つことで合併症は起きないのではないかという議論もなされています。しかし、実はまだ明らかになっていない多彩なインスリン作用があって、その作用不足によって体の不調が生じている可能性はないでしょうか。もしそうならそれを含めての治療は、どのように行うべきでしょうか。まだまだ分かっていないのが現状ではないかと思います。あらためて糖尿病研究の進展が望まれます。

コロナ禍において医療者が発信すべきメッセージとは

渥美●COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、糖尿病医療にも大きな影響をもたらしていますが、日本糖尿病学会としてCOVID-19に対しての方針や医療者に伝えたいことなどを教えてください。

植木●COVID-19の重症化リスクとして糖尿病、さらに糖尿病に密接な関係がある肥満も挙がっています。感染症一般にいえることですけれども、感染のリスクを下げるかどうかは別にして、血糖コントロールをよくしていくことが重症化のリスクを下げるということは繰り返し強調していくべきです。

 また、テレワークになったり、外出制限をしたりという患者の生活様式の大きな変化による血糖コントロールへの影響はあると思います。そこは両極化していて、例えば外食や宴会がなくなって血糖コントロールがかなりよくなる人、一方、運動不足に陥ってとても悪くなる人もいます。今後さまざまなケースを分析する必要があり、それが私たちの目指す1000万とおりの個別化医療にもつながると考えています。

渥美●コロナ禍においては今まで以上に患者によって適切なアプローチは異なりますね。

植木●私たち医療者は、糖尿病だからといってリスクを強調するのではなくて、コロナ禍においても、家でもできる運動や、オンラインの可能性、ストレスの解消の仕方など、「こういう方法もありますよ」というポジティブなメッセージを発信することが非常に大事だと思っています。

渥美●コロナ禍の最初のころ、メディアで糖尿病や肥満の方の重症化リスクがかなり強調されていたように思います。

植木●メディアの取材を受けた際には、私どもの施設を通じて、血糖コントロールがよければ、重症化リスクは非糖尿病の方と大差ないという話はしてきました。

 また、糖尿病患者がCOVID-19に罹患した場合、保健所の指示を待つなどして糖尿病の主治医に連絡をしないまま、適切な糖尿病治療が行われずにケトアシドーシスになった1型の方の例などがありました。COVID-19に限らず、普段からシックデイのときにどう対処するかを医師と患者で話し合っておくことが大切です。シックデイの際に誰に連絡して、どういう指示を受けたらいいのかを、患者にしっかり理解していただくように、私たちが普段から努力する必要があります。

病態やライフステージに応じて薬を選択するためのガイドを

渥美●近年、糖尿病薬の種類も増加し、新しいエビデンスも構築されてきています。

植木●そうですね、いろいろな変化がありますね。例えば2022年のADA(米国糖尿病学会)の「Standards of Medical Care in Diabetes-2022」も、2型糖尿病に対するファーストライン候補がメトホルミン単独からSGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬が加わり、アテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の合併といった患者要因に応じてファーストラインを判断するという形になりました。

渥美●患者ごとに最適な薬物治療を選択するのはなかなか簡単ではないですね。患者の病態やライフステージも変化しますから、それに応じて治療も見直していかないといけないわけですし。

植木●一度、ある薬で治療を開始すると、その見直しが行われない、いわゆるクリニカルイナーシャという状態となっていることがありますね。「糖尿病治療ガイド」も後ろの方を見ていただくと、「こういうふうに薬を変えよう」、あるいは「薬はこのように減らそう」ということが記載されています。

渥美●「糖尿病治療ガイド」もだんだん厚くなってきました。

植木●日本では糖尿病患者の7割くらいが、糖尿病専門医ではない、かかりつけ医の先生方が診ておられます。お忙しい中、非専門医の先生方が読みこなすのは難しいと思いますので、もっとシンプルで分かりやすいガイドを作成する予定です。当学会の若手の先生を中心に、日本でどの薬がファーストラインとして使われているかを分析した結果1)を基に、どのような患者にどのような薬をファーストラインとして使うのがよいか、また投薬内容の見直しや減薬など、患者ごとに薬の選択について解説したものを2022年中に発行して、今後なるべく短い間隔でアップデートしていく計画を立てています。

選択肢が豊富になったインクレチン関連薬

渥美●近年、インクレチン関連薬の登場など糖尿病治療薬の種類が増えましたが、使用法の注意点はありますか。

植木●インクレチン関連薬で初めて日本に登場したのはGLP-1受容体作動薬のリラグルチドで、2010年でしたが、以降、DPP-4阻害薬が出て薬剤の種類も多くなりました。GLP-1受容体作動薬は注射剤でしたが、2021年にセマグルチドの内服薬が上市されるなど、いろいろな選択肢が出てきました。GLP-1受容体作動薬は、日本人の場合には最高用量でなくてもかなり効果があることは分かっていますし、特に若くてある程度肥満があるようなケースには十分有用だと思います。あるいは高齢者も食欲の低下がないような人には、用量を調節して使っていくことも可能です。また、近いうちにGLP-1/GIP受容体デュアルアゴニストも登場してくると聞いています。

渥美●GLP-1受容体作動薬は一部で適応外の処方が問題となっているようです。

植木●適応外使用である痩身などを目的として自由診療で用いられているようですが、その安全性と有効性は確認されていません。当学会としては、そのような処方は厳に慎むべきとのメッセージを出しています。

適応の広がりを見せるSGLT2阻害薬

渥美●SGLT2阻害薬ダパグリフロジンは、2021年に2型糖尿病合併の有無にかかわらず「慢性腎臓病(ただし、末期腎不全または透析施行中の患者を除く)」の効能または効果の追加承認がありました。

植木●ダパグリフロジンは2020年に慢性心不全を適応症とする追加承認もなされています。ですので、糖尿病で腎機能が悪い人、あるいは心不全が疑われる人に使用を推奨するという形が適切なのではないかと考えています。

 日本透析医学会の統計ですと、透析導入は頭打ちの傾向にありますが、年代別にみると高齢者が増加している状況です。また透析導入に占める糖尿病腎症の割合は増加傾向にあります。私どものJ-DOIT3でも示されていますが、腎症の2期くらいまでに適切に治療介入していくことが非常に重要です。

魅力ある糖尿病専門医の育成とワークライフバランス推進のために

渥美●糖尿病医療の進展のための課題は何でしょうか。

植木●今、心配しているのは、糖尿病の基礎の研究者が減っていることと、研究をスタートする年齢が2018年に開始された新専門医制度では今までより遅くなる傾向があることです。新専門医制度により、糖尿病専門医になるためには、内科の専門研修と連動して、新設された「内分泌代謝・糖尿病内科領域」の研修を行い、標準的な内分泌疾患・糖尿病代謝疾患を診療することができる内分泌代謝・糖尿病内科専門医を取得した後、さらに専門的な糖尿病診療能力を有する糖尿病内科専門医を取得するコースが始まっています。

 この制度はメリット、デメリットがありますが、私たちは高度な知識や技能を身に付けた糖尿病専門医を今まで以上に多く育成していくことも責務だと思っています。そういう意味で魅力のある糖尿病専門医像を作り上げていきたいですし、教育施設の先生方にもご協力をお願いしたいと思います。

渥美●医師の働き方改革にはどのように対応していきますか。

植木●日本糖尿病学会の30代以下の会員では約半数が女性医師です。ライフイベントを考慮し、十分なワークライフバランスを取った上で、研究や臨床の道を歩んでいただきたいと思います。そのためにはワークシェアを広めていき、男性女性を問わず互いにサポートする体制の構築が必要で、マンパワーの確保が非常に重要です。

 そのための大きな課題として、入院患者の「重症度、医療・看護必要度」の評価項目に糖尿病が入っていないことがあります。つまり、糖尿病医は術前血糖管理などに多大なエフォートを割いているのに、それが診療報酬として全く反映されていません。それにより施設の中には糖尿病チームの人員縮小が行われているケースもあると聞いています。正当に評価されることで、人員の減少を回避できればと、国に対して実情を強く訴えていきます。

ゲノム情報をデータベース化し1000万とおりの個別化医療に

渥美●第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」が2020年から始まっています。多岐にわたる内容ですが今注目している点を教えてください。

植木●J-DREAMS(診療録直結型全国糖尿病データベース事業)を活用して個別化医療を図っていくことが重要だと思います。患者の診療情報がデータベース化されているわけですが、さらにゲノム情報なども含めたデータベースにできれば、個別化医療に近づけると考えます。学会、国、研究者、医療者、製薬企業、糖尿病患者も幅広く巻き込む形で進めていきたいと考えています。

 最近、私が感銘を受けたのは、ACCORD試験のサブ解析2)で、強化療法でHbA1cが顕著に低下し、さらに低血糖も少なかったグループは、いくつかの遺伝的背景があるというデータです。このようなデータが積み重なっていけば、1000万とおりの個別化医療につながっていくと思います。患者によって、強化療法が適している、あるいは低血糖に要注意などが分かれば、治療成績は格段に向上するのではないでしょうか。

渥美●J-DREAMSでの先生の研究結果について教えてください。

植木●J-DREAMSは2015年に開始されましたが、第1報を2020年に報告しました3)。日本において糖尿病の大血管症の有病率は寿命の面で、癌の既往と同じくらいのインパクトがあり、大変重要だと思いました。本当の意味で糖尿病の研究や診療を発展させていくためには、癌や循環器の分野で国によって制定された対策基本法を糖尿病の分野でも目指していきたいと考えます。循環器の分野での制定は2018年でしたが、関係の先生方には大変なご苦労があったと聞いています。糖尿病は患者数が多く、日本人にとって癌と同じくらいの重要な疾患だと考えていますが、国からの研究予算は癌と比較すると数十分の一しかありません。糖尿病克服に向けた研究のために、この課題にもぜひ取り組んでいきたいと思います。

stigmaをなくすために医療者自身ができること

渥美●大事なテーマであるstigma(スティグマ)についてはどのようにお考えですか。

植木●日本における糖尿病患者のstigma()は、主に社会的、心理的な差別ですが、それをなくすことで治療効果は上がっていくと思います。当学会と日本糖尿病協会は2019年に共同で「アドボカシー委員会」を設立し活動しています。

渥美●「糖尿病」、「生活習慣病」という病名、名称についての議論もあります。

植木●「生活習慣病」については、患者の責任で罹患したという印象を与えますが、これは間違いですので、できるだけ早く使用を控えるようにならなくてはなりませんし、これには一定の意見の一致があるのではないかと考えています。一方、「糖尿病」は、さまざまな議論がまだなされている段階かと思います。個人的な意見ですが、「diabetes(ダイアベティス)」はどうでしょう。その良し悪しはともかくとして、今後も医療者、患者、その家族、さらに一般の人々の意見も聞きながら、議論を進めていきたいと考えています。

 stigmaは目に見えるものではありませんので、医療者自身も「糖尿病患者だからこうするべきだ」などと思っていないか、いま一度考えてみる必要があります。また、糖尿病が改善されればstigmaはなくなります。社会への情報発信と同時に、医療者がよりよい医療の提案に努力することで治療効果が上がれば、stigmaの解消につながるのではないでしょうか。

渥美●stigmaの具体例として就労の問題があると思います。例えばある大手企業では、糖尿病に罹患している従業員が当直を行う際の条件として、産業医がHbA1c 8.3%未満とラインを引いているそうです。その数字にエビデンスがあるのでしょうか。糖尿病を持つ人に就労の場面でそのような制限を加えるのはstigmaと言わざるを得ないと思います。もちろん、安全面から配慮が必要なこともありますが、それは医学的に適切なものであるべきです。

植木●「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」(厚生労働省)作成に携わった際に私たちが強調したのは、危険を伴う職種の場合は低血糖には要注意であるが、HbA1c値で一くくりに就労について制限をすることは適切ではないということです。

渥美●おっしゃるとおりです。手術の際でも、一律の、例えばHbA1c 6.5%以下という基準を満たすことができずに手術不可となることがあるようです。

植木●外科領域では一律のHbA1c値で考えることがまだ多いですね。

渥美●ある意味で、医学的stigmaになりかねないわけです。

植木●そうですね。そういうことも私たちは考えていかないといけません。

渥美●最後に糖尿病医療者の皆さんにメッセージをお願いします。

植木●コロナ禍の終わりはまだ見えてきませんが、私たちは糖尿病患者をサポートしつつ、究極には糖尿病の克服に向けて、糖尿病医療に携わる皆さんと共に一つ一つの課題に前向きに取り組んでいきたいと思っています。今後ともご協力のほどお願い申し上げます。

渥美●私たちも頑張っていきたいと思います。本日はお忙しい中、大変貴重なお話をありがとうございました。

図 糖尿病のスティグマの環境構造 

文献

1)Bouchi R, et al. J Diabetes Investig 2021 Jul 26, doi: 10.1111/jdi.13636.

2)Mariam A, et al. Diabetes Care 44(6): 1410-1418, 2021, doi: org/10.2337/dc20-2700.

3)大杉満, 他. 糖尿病 63(Suppl): S-145, 2020.