Diabetes Front

DITN No.492 掲載

チームでサポートして減量・代謝改善手術を行動変容につなげる

時機を逃さず手術を:β細胞の機能の残存が糖尿病の寛解に重要

ゲスト

龍野 一郎先生

千葉県立保健医療大学

ホスト

山内 敏正先生

東京大学大学院医学系研究科 代謝・栄養病態学

山内●最初に、このコロナ禍の状況で、戦ってくださっている全ての方々に感謝して、御礼申し上げたいと思います。またこの新型コロナ感染症に関しましては、その重症化に罹患時の肥満や高血糖が極めて大きな影響を及ぼしていることが明らかになっています。われわれは常日頃からその対策を考えていくことが、重要だと思います。今回はその対応策の一つである高度肥満症に対する外科手術に造詣の深い、日本肥満症治療学会理事長でもある龍野一郎先生から、お話を伺いたいと思います。

「減量・代謝改善手術」について3学会合同ステートメント

山内●ようやく日本でも普及してきました高度肥満症に対する外科手術について、減量効果、また糖尿病の寛解率、さらに長期予後に関しても良い成績が出てきており、日本でも実施数が増えてきました。

 この有効な手術を安全に行っていくために、龍野先生の音頭で、関連3学会合同で検討を重ね、「日本人の肥満2型糖尿病患者に対する減量・代謝改善手術に関する日本糖尿病学会・日本肥満学会・日本肥満症治療学会合同コンセンサスステートメント」(以下ステートメント)が作成され、2021年3月に合同で開催された第41回日本肥満学会/第38回日本肥満症治療学会学術集会のシンポジウムで示され、討議されました。現在ステートメントは、冊子にまとめる準備が進んでいるところで、その完成版は、近日中に3学会より発表され、さらに出版社から発行される予定です。

龍野●山内先生にも今回のステートメント検討委員会の第一部会にご参加いただきまして、ありがとうございました。

山内●まず、今まで高度肥満の外科手術は、肥満減量手術やメタボリックサージェリーなどと呼ばれていましたが、今回は「減量・代謝改善手術」となりました。その点について解説をお願いします。

龍野●肥満外科手術はアメリカで減量手術として1950年代には始まり、1960年代に胃バイパス手術の普及で広まりました。これは主には食事の摂取量を制限させることによって、体重を減らすことを目的として、広く行われていたわけです。

 けれども近年、特に糖尿病患者におきまして、減量効果を超えた代謝改善効果が明らかとなり、欧米ではメタボリックサージェリー(metabolic surgery)という用語が用いられるようになりました。 このような背景から、3学会は合同で2019年11月に日本人のエビデンスに基づく「日本人の肥満2型糖尿病患者に対する減量(代謝)手術の適応基準」を検討する合同委員会を設置し、議論を重ねてきました。この中で肥満外科手術による糖尿病を改善する機構として減量と代謝改善の2つが重要であることから、肥満外科手術の名称として「減量・代謝改善手術」を採用いたしました。

減量・代謝改善手術は糖尿病の治療法のうちの一つ

山内●この手術のメリットは減量と代謝改善なのですね。

龍野●ご指摘の通りで、体重の減量に伴うインスリン抵抗性の改善に加えて、腸管への手術によって、インクレチンや腸内細菌といった腸管の代謝制御機構の変化が糖代謝改善をもたらすと考えられています。過去十数年、特に欧米ではいわゆる肥満治療として外科手術が注目を集め、臨床試験なども行われてきました。その効果が長期間、継続することも明らかになっております。肥満2型糖尿病患者への無作為化比較試験も行われ、減量・代謝改善手術は胃を細くするスリーブ手術にしろ、胃バイパス手術のいずれでも、内科治療よりも改善効果が高いという結果が出ています。

 加えて、減量・代謝改善手術はハードエンドポイントである心血管イベントの発生を抑制し、寿命も延長させることが証明されています。このように、減量・代謝改善手術は、糖尿病の治療の一つの治療選択肢として考えてよい時期にきたと思います。

山内●内科医も糖尿病治療法として、よく理解しておかないといけませんね。

龍野●そうです。日本人の糖尿病は、例えば軽度の肥満でも糖尿病が悪化するなど、欧米人とは異なる部分があります。減量・代謝改善手術をいかに日本で普及させていくかについては、日本独自の検討が必要だと考えました。近年、日本における減量・代謝改善手術の効果について、日本肥満症治療学会を中心とした3学会でのデータの蓄積が進み、日本人においても減量効果を認めるだけじゃなくて、2型糖尿病に対する確実な改善効果も確認されてきました。

まず医療者が肥満、糖尿病のスティグマの払拭を

山内●ステートメントでは肥満症診療の現状、あり方、考え方が述べられています。

龍野●まず重要なことは、肥満の捉え方、肥満症治療に対する考え方です。これについては山内先生から多くの非常に貴重な事柄をお示しいただきました。その中でわれわれは肥満、糖尿病のスティグマ(偏見)に対して向き合い、戦っていかなくてはいけないということがあります。オベシテイ・スティグマは太った人に対する「意志が弱く、怠惰で、愚かだ」という偏見で、日常会話から、職場、教育現場、医療機関でのいじめや嘲笑、差別まで、あらゆるタイプがあり、肥満者を傷つけ、治療の障害になっています。われわれは決して目をそらさずアドボカシー(擁護・支持)活動を進め、スティグマのない社会を目指したいです。それは肥満や糖尿病患者のみではなく、われわれも含めた社会全体にとってもより良い世界ですよね。これはぜひ全ての医療者と共有していきたい考え方だと思っています。

山内●そうですね。われわれはスティグマ、つまり非難や差別、決めつけなどを患者に押し付けることなく患者と向き合った上で、治療について考えていかなくてはなりませんね。

BMI値32以上で減量・代謝改善手術を考慮

山内●今回のステートメントの減量・代謝改善手術の適応基準を教えてください。

龍野●腹腔鏡下スリーブ状胃切除術を保険診療で行うための患者条件は、「6カ月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られないBMIが35以上の患者であって、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群のうち1つ以上を合併している」とされ(2014年)、その後(2020年)「BMI値32.5~34.9の肥満症でHbA1c値8.4%以上の血糖コントロールが不良な患者」が追加されました。

 今回のステートメントの2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術の適応基準(表1)は、あくまで日本人のエビデンスを基に糖尿病の寛解を基準にして考えました。受診時BMIが35kg/m2以上の2型糖尿病で、糖尿病専門医や肥満症治療専門医の6カ月以上の治療でも、BMI 35以上が継続する場合には、血糖コントロールのいかんにかかわらず、減量・代謝改善手術が選択肢として推奨されます。

 さらにBMIが32以上の2型糖尿病で、糖尿病専門医や肥満症治療専門医の治療で6カ月以内に、5%以上の体重減少が得られないか、得られても血糖コントロールが不良の場合には、減量・代謝改善手術を治療選択肢として検討すべきであるとしておりまして、この場合の血糖コントロールが不良というのは、HbA1c 8.0%以上としました。これが今回のコンセンサスステートメントのポイントになっていると思います。

山内●BMIを32で切ったのはなぜなのでしょうか。

龍野●日本人肥満症患者で腹腔鏡下スリーブ状胃切除術後2年以上経過した322例を後ろ向きに検討したJ-SMART研究では、減量効果が確認されています1)が、そのサブ解析において、BMI値32.0~34.9の症例でもHbA1c値、糖尿病薬の数、インスリン使用率のいずれも改善が認められました2)。 またステートメントでは、どういう人が改善しやすいかも検討されており、2型糖尿病の寛解基準のための予測式も紹介されています。詳細はコンセンサスステートメントを見ていただきたいですけれども、ポイントは、β細胞の機能が残存していることが、寛解には非常に重要であるということです。患者にはβ細胞の機能が低下しないうちに手術に踏み切るメリットを説明する必要があります。

それから、周術期と術後のフォロー体制についても解説しています。

表1 2型糖尿病に対する減量・代謝改善手術の適応基準

日本における減量・代謝改善手術の実施:年間700件

山内●日本における減量・代謝改善手術の現状をお話しいただけますか。

龍野●日本における最初の減量・代謝改善手術は、1982年に千葉大学で、残念ながら数年前にお亡くなりになりました川村功先生によって開腹手術で行われました。このように日本でも比較的古い時期から手術はされていたわけですが、なかなか広がらない状況でした。その原因は、日本では肥満がなかなか病気として認知されていなかったことと、手術のリスクが高いことだったと思います。開腹手術は患者の負担も大きく、周術期の合併症が多かった。

 これが大きく変わったのが2000年に入ってからで、内視鏡手術が普及してきて、患者の負担、予後が大きく改善したことによります。

 現在国内では、年間約700例を超える減量・代謝改善手術が行われている状況です。昨年2020年はコロナ禍で手術件数が減ることを非常に心配されましたけれどもほぼ横ばいという状況で、減量・代謝改善手術が日本において理解されてきて、必要な治療法であると考えられるようになってきたといえます。

山内●今では術式もいろいろありますね。

龍野●そうです。は代表的な減量・代謝改善手術の術式です。②の胃を細くするスリーブ状胃切除術が日本では保険適用になっていますが、スリーブ状胃切除術とバイパス術を合わせたスリーブバイパス術による、糖尿病における代謝改善効果が強いことが分かっています。

スリーブバイパス術は、日本においては高度先進医療として認められている状況で、これが将来的には、すべての施設で行えるようになるといいと考えています。

図 減量・代謝改善手術の代表的術式

減量・代謝改善手術は人生を変える手術

山内●減量・代謝改善手術について、糖尿病医療者が留意しておくべき点はどのようなことでしょうか。

龍野●今は、糖尿病診療を行っているわれわれ内科医にとって、インクレチン関連薬、SGLT2阻害剤の登場など、大きな変革期だと思います。この減量・代謝改善手術も大きな改善効果があるのは間違いないのですが、全員に同じように効くわけではなく、先ほどもお話ししましたが、2型糖尿病が進行してから、つまり膵β細胞の機能が低下してからですと改善効果が出にくい傾向があります。減量・代謝改善手術は、やはり治療として適切な時期に適切な方に受けていただきたいと思います。 それと忘れてはならないことは、減量・代謝改善手術は、手術が済んだらそれでよいわけではないことです。減量・代謝改善手術には、光と影があります(表2)。光は、体重減少と代謝改善効果がすごく大きいし、リバウンドも少ないことです。影は、もともと病的に太る人は、パーソナリティーに問題があったり、精神疾患の合併があったりすることも多いです。また手術さえすればいいわけではなく、食事や運動などの生活習慣についての長期管理に自ら積極的に取り組んでいく必要があります。ですから、「手術をして終わり」と考える患者には向いていません。

山内●うまくいかない患者もいますね。

龍野●そうです。実際、長期予後で見みますと、手術をしても体重が減らない人、リバウンドする人もいます。そういう人は食事指導を守れていないと思われます。長期に食事管理をしていくことは、患者によっては難しいことがありますので、そこはわれわれ内科、精神科、管理栄養士、看護師などが連携して指導を続け、支えていく必要があると思います。

山内●先生のご経験で、減量・代謝改善手術を提案した際の患者の受け取り方は実際のところどうでしたでしょうか。

龍野●外科手術までたどり着く患者は、これまで減量に努力をしながらも達成できなかった人が多いのですね。それでも手術に踏み切る決断をする患者は、半分くらいの印象です。先生のご施設ではいかがですか。

山内●当院の場合は、半分位の方は減量・代謝改善手術を希望して紹介などで来られるパターンです。それ以外はこちらから情報提供をする形です。その場合、「手術はちょっと」と言われるケースももちろんありますが、先生がおっしゃったように、手術を考慮するような患者は、今まで減量に苦労して挫折した経験がある方が多いのです。そういう方にとって、この手術は希望になり得ます。減量・代謝改善手術は「人生を変える手術」とも言われていますが、まさにその通りで、私自身も患者の人生が明るいものに変わっていくのを何度も見ています。

龍野●その通りですね。“Bariatric surgery is a behavioral surgery”とも言われます。つまり、減量・代謝改善手術は、行動を変容させるということです。

 実際、この手術は行動変容をするためのファクターの1つで、手術そのものと、手術前後の経験、例えば食事の栄養やカロリー、運動の効果や方法、さらにメンタル面の知識など、いろいろなものを患者が学んで経験していくことで、患者の行動変容につながり、治療効果が発揮されるわけなのです。手術は行動変容への流れの中の1つの過程です。われわれは「手術して終わりではない」ことを理解し、その流れを全力でサポートしていく必要があります。

山内●その他の問題は何でしょうか。

龍野●術後の栄養障害の問題もあります。さらに骨密度が減少するというデータもあり、欧米では骨粗しょう症、骨折の増加が指摘されています。これらの予防法や治療法の確立は今後の課題です。

 そして、自殺率の増加も、指摘をされていて、これはいろいろ原因があると思います。患者にとって、手術自体、負担ですし、手術後、体重が減少しても通常は標準体重までいくわけではなく、患者自身の考えるボディイメージとずれることもあります。いずれにしろ患者に寄り添い、フォローすることが重要です。

山内●ステートメントには患者のメンタル面について、認定心理士の方のお話も盛り込んでいただいていますね。私の経験ではないですが、手術によって大幅な減量効果が得られたケースで、皮膚のたるみが問題となった場合もあったと聞きました。先生はご経験がありますか。

龍野●実は欧米ではその点を非常に考慮されており、皮膚のたるみを形成外科で手術をしてきれいにします。日本でも、そういう試みをしているところはありますし、私どもも、皮下脂肪があんまり多い症例で、形成外科と一緒に、術前に皮下脂肪を取り除いたという経験もあります。皮膚のたるみは患者のQOLへの影響が少なくないので、今後はきちんと考えていく必要があると思います。

山内●将来的な展望を教えてください。

龍野●現在、内科治療においても新たな抗肥満薬が開発されつつあります。今後、薬剤による減量効果が明らかになってきた場合、減量・代謝改善手術とどちらがよりその患者に適しているのか、また併用療法なども考えることが必要と思います。また、平成28年度厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)「食欲中枢異常による難治性高度肥満症の実態調査」(龍野班)の日本糖尿病学会認定教育施設に対する全国アンケート調査で、減量・代謝改善手術を考慮すべき高度肥満2型糖尿病患者として推計されたのが3万人であったことを考えると、施設の拡充をはかることは重要です。しかし、一生にわたるフォローアップが必要ですので、統合的肥満症治療の一環としてあくまでチーム医療の下に質を担保した施設拡充が必須です。減量・代謝改善手術の普及は、慎重かつ大胆に進めていけたらと考えています。

山内●本日は減量・代謝改善手術の有効性や安全性、そして留意すべき点や課題などについても、非常に分かりやすくご解説いただきました。この対談が、皆さんの診療に役立ち、そして糖尿病患者の健康な方と変わらない人生をという目標へつながることを願っています。本日はどうもありがとうございました。

表2 減量・代謝改善手術の光と影

文献

1)Saiki A, et al. Ann GastroenterolSurg 3: 638-647, 2019.

2)Saiki A, et al. Diabetol Int 12: 303-312, 2021.