Diabetes Front

DITN No.490 掲載

第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」始動

オールジャパンで患者寿命延伸とQOL改善を目指す

ゲスト

綿田 裕孝先生

順天堂大学医学部大学院医学研究科
代謝内分泌内科学

ホスト

宮塚 健先生

順天堂大学医学部大学院医学研究科
代謝内分泌内科学

宮塚●日本糖尿病学会は2004年から「対糖尿病戦略5カ年計画」を策定してきました。2020年8月には第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」作成委員会にて今後5年間の基本方針の策定が行われ、冊子にまとめられました。本日は第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」作成委員会委員長の綿田裕孝先生に、本計画についてその目標や内容、策定の思いなどについてお話しいただきたいと思います。

「対糖尿病戦略5カ年計画」とは

宮塚●「対糖尿病戦略5カ年計画」の概略を教えていただけますか。

綿田●2004年当時、わが国では糖尿病患者の増加の問題が顕著となってきました。そこで日本糖尿病学会として具体的なアクションを起こそうということで、5年間のプラン「対糖尿病戦略5カ年計画」を作成したのが最初です。その後、2010年に第2次、2015年に第3次の計画が策定されて、今回が第4次になります。

宮塚●今回の第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」(以下、第4次)は冊子にまとめられたのですね。冊子は糖尿病学会のHP(http://www.jds.or.jp/modules/education/index.php?content_id=118)よりダウンロードできます。本日は冊子の項目(表1)に沿って内容のポイントなどをお話しいただきたいと思います。『はじめに』から第4次の目標を教えてください。

綿田●第4次の目標は表2のとおりです。糖尿病患者の寿命については、糖尿病患者の平均死亡時年齢の調査が行われていますので、今後も継続して結果が発表されると思います。本目標達成の検証のためには、QOLの調査も行う必要がありますね。

宮塚●『第3次「対糖尿病戦略5カ年計画」の検証』から今までの成果などについてお願いします。

綿田●いわゆる糖尿病予備群である「糖尿病の可能性を否定できない者」は、2007年1320万人、2016年1000万人と、24%の減少です。「糖尿病が強く疑われる者」は、2007年890万人、2012年950万人、2016年1000万人と漸増していますが増加率は減少しています。また、糖尿病医療費は、日本全体の高齢化を反映した医療費の伸び率と比較すると減少傾向です。さらに日本糖尿病学会の調査によると、糖尿病患者の死亡時年齢は、1991~2000年では男性68.0歳、女性71.6歳でしたが、2001~2010年では男性71.4歳、女性75.1歳と前進が見られました1)。この結果は、対策が一部は功を奏していると考えられますが、まだ不十分です。

表1 第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」コンテンツ
表2 第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」目標

1000万とおりの個別化医療構築へ

宮塚●『第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」に向けて』の章では、サブタイトルに「―1,000万とおりの個別化医療構築に向けたアプローチ―」とあります。

綿田●目標のために実現しなくてはならないことが、「1000万とおりの個別化医療構築」です。個別化医療というのは個々の患者の特性を考慮しながら、治療を最適化することだと思っています(図1)。そのためには図2に示したような多面的なアプローチが必要です。

 日本糖尿病学会では国立国際医療研究センターと共に、2015年からJ-DREAMS(診療録直結型全国糖尿病データベース事業)を開始しておりますが、これを発展的に継続し、患者ごとの最適な医療の提供につなげていきたいです。

宮塚●食事療法、運動療法の個別化については具体的にどのようなことを考えておられますか。

綿田●食事療法、運動療法はある意味、薬物治療よりももっと個々の患者の特性を把握する必要があるのではないでしょうか。将来的には多くのデータを集積することにより、治療シミュレーションが自動で行われ、複数の適切な治療を提示できるようなシステムの確立を目指しています。

図1 糖尿病治療の目標
図2 1,000万とおりの個別化医療構築に向けたアプローチの概念図

糖尿病疾患感受性遺伝子情報の解明が進展中

宮塚●『糖尿病先端研究の結実』の章のポイントについてお聞かせください。

綿田●糖尿病疾患感受性遺伝子情報の解明が進んでおり、糖尿病の発症リスクの数字が出るようになってきています。

宮塚●拝見すると、予測式の精度を示すROC曲線のAUCの最大が0.8057で、将来的には0.9を超えることが期待できると、具体的な数字が示されていますね。

綿田●糖尿病発症のリスクに加えて、合併症や重症化、薬剤反応性の予測モデルの作成も期待されています。

宮塚●遺伝情報から適切な薬剤を選択できるようになる日がそう遠くないかもしれませんね。あと、興味深かったのは、動脈硬化が関与しない心疾患について触れている点です。

綿田●糖尿病患者に特徴的な心疾患についての病態の解明や治療法の開発は、糖尿病患者の健康寿命の延伸に大きく寄与するのでとても重要です。糖尿病患者の心不全の中で半数くらいは動脈硬化の関与がないことが分かっています。なぜ心筋障害が発症してくるのかはぜひ解明したい点です。

宮塚●糖尿病の併存症として癌についても言及していますね。

綿田●糖尿病患者の死因調査では、癌が第1位です。また糖尿病は癌のリスク因子となることが示唆されておりますが、今後さらなる糖尿病と癌の関係についての研究が必要だと思いますし、癌を発症した糖尿病患者をどう治療していくのかも重要な課題だと考えています。

宮塚●糖尿病再生医療や1型糖尿病も挙げられています。

綿田●糖尿病再生医療の研究は当然必要です。多くの先生方が熱心に取り組んでいますので、その先に治癒が見えてきたらいいと思います。また、1型糖尿病の予知と根治も実現させたいですね。

宮塚●第4次の今後5年間のみではなく、その先も続けていくべき項目ですね。

綿田●そうです。目標達成まで継続していくべきことを挙げています。宮塚先生の糖尿病再生医療の研究にも期待しています。

宮塚●ありがとうございます。がんばります。

オールジャパンでJ-DREAMSのさらなる充実を

宮塚●『包括的データベースによるエビデンス構築』は独立した章を設けています。

綿田●データベースはあらゆる項目に関係します。そして、オールジャパンで構築していかなくてはならない、非常に重要な項目です。J-DREAMSはすでに走っていますが、さらに登録症例数を増やし、また登録症例の年数も増やしていければ良いデータベースになります。

宮塚●一度登録して終わりではなく、継続してその症例の経過を追跡していかないといけませんね。そして、誰もがアクセスできて、さまざまな解析が可能となることで、より洗練された個別化医療へつながりますね。

綿田●そうです。ぜひ、みんなで協力して、より有意義なデータベースに育っていってほしいです。

働きやすい医療現場を目指す

宮塚●『将来の糖尿病対策を担う人材育成』の章では、チーム医療を担う多職種の医療スタッフの育成も含まれています。

綿田●糖尿病医療の前進のためには多くのプロフェッショナルな人たちが必要ですので、若い先生方、医療スタッフに、ぜひ糖尿病分野に来ていただきたいと考えています。また、日本糖尿病療養指導士、地域糖尿病療養指導士のさらなる増加も必要です。

宮塚●女性支援の継続も宣言されています。

綿田●第3次で「女性が一番輝ける学会を目指す」としていました。2017年に報告されたわが国の女性医師比率は21.1%ですが、2019年4月時点の日本糖尿病学会の女性医師会員比率は34%で、内科系13学会の中で最も女性比率が高いのです。女性の活躍を推進することは、糖尿病学の多面的な発展に寄与するだけでなく、医療現場の過重労働の改善にもつながるのではないでしょうか。

宮塚●先生から女性医師へのメッセージは何かありますか。

綿田●日本糖尿病学会では女性活躍促進を図り、その中の1つとして第3次では、年次学術集会における女性座長の比率を増加させ、20%以上とするという取り組みを行ってきました。それが達成できた学術集会もあります。一方で、女性に座長を依頼しても「専門外なので」と辞退され、結局達成されなかった学術集会もあります。

宮塚●辞退される気持ちは少し分かります。

綿田●そうなのですが、フィールドは同じ糖尿病なわけですから、そこは気後れせずにぜひトライしてもらいたいと思います。

宮塚●医療者の働き方の個別化も進む必要がありますね。

綿田●はい、医療者が働きやすいということは、当然、患者のメリットにもつながります。

宮塚●「糖尿病主要専門誌に掲載されたわが国発の論文の割合」(図3)が近年、減少傾向であるということ、文部科学省や厚生労働省、日本医療研究開発機構(AMED)の糖尿病や代謝に関する研究費は総額の1%以下しか割り当てられていない点が指摘されています。

綿田●それが現状なのです。わが国の疾病構造における糖尿病の大きさから考えると、糖尿病研究費の割合は大きく不足しているといわざるを得ないと思います。それが近年の論文減少傾向に関与している部分があるのではないでしょうか。研究費の問題が若手研究員のキャリア形成の上でマイナスとなり得ますので、彼らをサポートすべく「若手研究奨励賞」「若手研究助成金」を策定し、一層の充実を図っていくことが盛り込まれています。さらに、日本糖尿病学会の地方会や年次学術集会を通して、若手研究員の方々を支援していく必要があります。

宮塚●「医療データを活用できる人材の育成」という項目もありますね。

綿田●今後、収集される医療データをどう活用していくのかを考えたときに、そこにデータサイエンティストというべき人材が必要だと思います。もちろん、5カ年計画のスパンの中で解決できることではないと思いますが、未来を見据えて、まずは課題を認識していくことが重要だと考えています。

図3 わが国からの糖尿病関連論文の年次変化

stigmaのない社会へ

宮塚●『国民への啓発と情報発信』の章では、「stigmaのない社会の形成に努める」とあります。

綿田●いくら糖尿病医療が進んでも、治療の必要性が理解されなければどうしようもないので、「対糖尿病戦略5カ年計画」開始時から糖尿病の啓発活動に取り組んできて、糖尿病を取り巻く環境はずい分改善したと思います。その中で最近、問題として浮き彫りになってきたのがstigmaです。以前から「糖尿病を恥ずかしいと思う」「糖尿病を隠す」などが問題ではあったのですが、今日では糖尿病であることの差別や不利益をstigmaという言葉で表し、課題として認識されるようになりました。

 そのために国民のヘルス・リテラシー構築、糖尿病教育の必要性について声を上げ、国や行政、地域社会へ働きかけていきたいと思います。

パンデミック下の糖尿病患者を守るために

宮塚●今回の第4次の計画が公開されたのが、2020年8月19日でしたが、この中の最後に『新興・再興感染症の脅威と糖尿病―パンデミックへの対策―』が設けられています。2020年6月の論文も参考文献として掲載されています。こちらは急遽、作成というご苦労があったと思います。

綿田●パンデミックの章に関しては、作成の最終段階に入った2020年2月から3月くらいに、COVID-19の拡大を受けて感染症についての項目を追加するべきではないかということになり、急遽項目が追加されました。

宮塚●COVID-19拡大によって日本全体がダメージを受けているといえますが、糖尿病患者は特に受診を控えたり、運動量が減少したりということも起き、さらに糖尿病がCOVID-19重症化のリスク要因ともされており、かなり厳しい状況なのではないでしょうか。

綿田●今、私たちは外出自粛、COVID-19拡大の長期化、医療崩壊のリスクなど、困難な状況の中にあるかと思います。「ウィズ・コロナ」という言葉が用いられ、新しい生活様式を模索しているところですが、その中でより厳しい状況に置かれている糖尿病患者をわれわれはどう守っていくのか、どう寄り添っていくのかを考え、糖尿病患者が安心して生活できる体制構築を目指していかなくてはなりません。その方法として、オンライン診療やICT/IoTを活用した療養指導が始まっています。それで全てが解決するわけではありませんが、そのメリット、デメリットを考慮しながら、より良い形を探っていく必要があるでしょう。

患者のより良い未来を目指して

宮塚●今後の糖尿病医療へのお考えを教えてください。

綿田●糖尿病患者の寿命の延伸とQOL改善は着実に実現させていきたいです。QOLについては、とても大切なことなのですが、その評価をどうするのかということとstigmaの課題を解決していかないといけませんね。

 その改善には、患者の気持ちに寄り添った声掛けが力になることもあるし、環境を整えるという意味で糖尿病の啓発活動も重要です。あるいは、研究の進歩、もしもβ細胞再生の研究の臨床応用の可能性が大きくなってきたら、当然、患者の気持ちも上がります。さらに糖尿病の治癒が見えてきたらstigmaも消えていくかもしれません。ですから、われわれはあらゆる面からそれぞれが手を尽くして、患者の未来を改善していきたいと考えています。

 今後、いずれ糖尿病医療の現場ではICT/IoT、さらにAIの活用が進んでいくと思います。そこには医療の効率化など、多くのメリットが期待できます。しかし、私は糖尿病医療の基本は人だと思います。医療者の患者を改善したいという熱意が、患者を勇気づけることもあるでしょう。医療者の知識、技術のみではなく、人間力ともいえる部分が大きく関与すること、そこが糖尿病医療の魅力の一つだと思います。

宮塚●今回は第4次「対糖尿病戦略5カ年計画」についていろいろ教えていただきました。本計画はこれからの5年間のみではなく、その先の未来を見据えての課題も網羅しているということがよく分かりました。当然内容は多岐にわたるわけですが、われわれ糖尿病医療に携わる者全ての診療に役立つ内容だと思いました。そして、オールジャパンで取り組むことで、糖尿病診療の未来は大きく変わりうると改めて思いました。本日は大変、有意義なお話をありがとうございました。

  

文献
1)中村二郎, ほか. 糖尿病 59(9): 667-684, 2016.